第22話

 その日は朝から曇りで日暮れは随分早く訪れた。事前に約束した冒険者ギルド前に向かうと既にジャゴがいた。やや遅れてキルシマが来る。


「吸血娘はまだか」


 キルシマに言葉を返そうとするのを遮るように濁声が響いた。


「よーう、カザン」


 ジャゴとキルシマが無言で俺の前に出た。俺は二人を制した。


「今日はなんと、お願いがあってきました」


 現れたのはゼンガボルトだ。なんだかおどけている。厭な予感しかしない。


 ゼンガボルトはへらへら笑いながらあたりを見回した。


「吸血鬼ちゃんは何処かな」


「何故だ」


「寄越せ」


 俺は首を振る。当然だ。


「つれない返事だな、カザン」


 ぐいと、ゼンガボルトは大きな顔を俺に近づけた。


「おまえの大切な盗賊の居場所知ってんだよな。親父の所には町のどんな情報も入ってくるから」


「脅すのか」


 それがゼンガボルトの常套手段だ。


「人聞き悪いな。助けてほしいって云ってんだよ、子供の頃みたいに」


 ユーリップが来る。ゼンガボルトを見て顔を顰めた。


「臭い」


 そのまま俺の前に出ようとするのをキルシマが引き止めた。


「邪魔するでない」


「まあまあ。あんたが今出て行くとややこしくなる」


 ゼンガボルトは要求を続ける。この図太さを時にはうらやましくも思ったことがあったが、やはりこんな人でなしになるくらいなら、俺は俺のままでいい。


「いいな? あの吸血鬼をお前のパーティから追放しろ。おい、返事は!」


 その怒声は本当に苦手だ。


「とっとと返事しろ、太っちょカザン」


 それは幼い頃にゼンガボルトに付けられた仇名だ。父にくっついて調理場に立っていた俺は試食ばかりして丸々と肥えていた。しかし、痩せた。意志を持って痩せたわけではないが、見た目からしてあの頃の俺ではない。


「返事をしろ!」


「帰れ」


「ああ?」


「帰れよ、ゼンガボルト」


「おいおいおい、どうしちゃったんだよカザンちゃん」


 ゼンガボルトは俺の肩を何度も叩き、首に太い腕を回した。汗を掻いているのか湿っていて不快この上なかった。


「もう一度だけ云うぞ? あの、吸血鬼を、寄越せ」


「もう消えろ」


「あ、ああ、なるほどわかったぞ! お友達の前だから粋がってるんだな? 気恥ずかしいものだよな、旧友との再会は!」


「おまえが友達だったことなんて一度だってない」


「おおい、酷いな」


 ゼンガボルトは俺越しに後ろを見た。


「いるじゃねえか、吸血鬼。おい、あんた、あんたはもうクビだってよ! 心配はいらねえ、俺のところで引き取ってやる。うちのパーティはいいぞ、上り調子だ。存分に可愛がってやる」


 ユーリップの皮膚に鳥肌が立つ。


 キルシマは利き手を懐手に、空いた手を刀の柄に乗せた。


「よし来い」


 ゼンガボルトは手招きする。


「ギルドの届け出はお前がしておけ。そうだな、俺のところの戦士と交換してやる。あの野郎、戦士らしくねえおもちゃみてえな武器ばっかり使いやがってよ。もともとお前のだろ、ちょうどいいじゃねえか」


「ベルエフのことか。人をものみたいに扱うな」


「うるせえよ。おい、早くしろ吸血鬼! 乳揉むぞ!」


 ユーリップは歯ぎしりしそうな顔をした。


「カザン!」


「だめだ、ユーリップは渡さない」


 途端ゼンガボルトの石のような拳でみぞおちを殴られた。さらにゼンガボルトは、痛みと苦しさで身体を曲げた俺の頭を掴んで蹴り上げ、倒れたところを踏みつけた。


 ユーリップが助けようとするのをキルシマが止めた。


「なぜじゃ!」


 ゼンガボルトは怒鳴る。


「吸血鬼とっとと来い、こいつ殺すぞ!」


 キルシマがゆっくりと言葉を挟んだ。


「いくらなんでもいけません。しっかり取り引きした上で連れて行きなさい」


「どけコラ!」


 突き飛ばそうとしてくるゼンガボルトの大きな手をいなし、キルシマは刀の鯉口を切った。


「もう一回云いましょうか」


「ち」


 ゼンガボルトは腹立ちまぎれに倒れた俺を蹴りつけた。


「おめえが早く返事しねえからだろ、おら、おら!」


 俺はゼンガボルトの足に取り縋った。


「……ゆ、ユーリップは渡さない……」


「だったらあの盗賊がどうなってもいいんだな!」


「ライホに何かしてみろ、ただじゃおかない」


「おまえみたいなゴミクズになにができるって云うんだ! いいからとっとと、あの女を俺に寄越せ! お前の手垢つきばっかでイヤになるぜ、なあオイ! それともあれか? 俺がお前と穴兄弟になるのが嫌だってんでそんなに必死になってんのか?」


 本当に品性下劣だ。


「謝れ」


「あ?」


「ユーリップに謝れ!」


 俺は力を込めてゼンガボルトの片足を持ち上げた。ゼンガボルトはバランスを崩し後ろに倒れる。


「よく聞けゼンガボルト、ユーリップは絶対に渡さない、絶対にだ!」


 ゼンガボルトは真っ赤な顔をして起き上がり、俺に殴りかかってきた。


 ジャゴが立ちはだかる。ゼンガボルトは舌打ちをし、どけ黒いのとジャゴに云う。ジャゴはどけない。


「ああ糞! 気分悪ィ!」


 ゼンガボルトは再度舌打ちをしてギルドに入っていった。それを見届けると、俺はちょっと行ってくると叫ぶように云って、ライホのいる町一番の診療所に向かって走りだした。


「なんじゃもう! あんな糞僧侶、わらわならば一瞬で灰にできるというに!」


「それでは意味ないんだ、別嬪さん。あそこはカザンの覚悟を見るところだ」


 一気に走って、俺は診療所のドアを開けた。


「トリポカさん!」


 突然の、それも遅い時間の訪問にトリポカは目を丸くした。


「ライホを連れてあなたの国に行ってください」


「ど、どうしたんだ急に。呪いを解く方法が見つかったのか?」


「見つけます絶対に。だから俺を信じて」


 俺の様子にただならぬものを感じたのだろう、やや世間ずれしている異国のお坊ちゃんは眉間に皺を寄せた。


「なにかあったんだね?」


「悪意はどんなところにも潜んでいる。できるだけ早く」


 俺は息を整えながら汗を拭った。トリポカは明日の朝には出ようと答えたが、俺は首を振った。


「今すぐにでも。本当に申し訳なく思うが、俺のせいだ。ライホ……彼女が俺みたいなのと関わったばかりに」


 混乱するトリポカを無理矢理押し切って、俺は荷物をまとめさせた。人を用意できるならしたほうがいいと云い、なるべく多くと付け加えた。


「必ず呪いを解く方法を見つけます」


 俺はギルドに戻った。


「みっともないところを見せた」


「なんの。立派だったぞ」


「こんなぼろぼろなのにか」


「喧嘩が弱いのは恥ではない。逃げるのも悪くないと拙者は思う。弱いのに立ち向かった度胸に感服したのだ」


「強くなりたい」


「それは料理以上に大切か? 冒険をして料理を作る、それ以上に重要か?」


 あらためてそう尋ねられると答えに窮する。ただとても悔しかったのは事実だ。


「カザン殿、ひとつだけわかってることがある」


「なんだ?」


 キルシマはうしろを見た。ユーリップがいる。


「わらわは」


「うん」


「どこにも行きたくない」


「うん」


 痣だらけの顔で笑う俺を見て、固くなっていたユーリップの表情が綻んだ。


「し、しかしカザン、おまえは本当に弱いのう。……まああれじゃ、わらわは強いゆえ、貴様の助けがなくとも平気じゃ」


 それはユーリップなりの励ましだったのだろうが、その時の俺にはそこまでわからなかった。


「俺が君をパーティに入れた。俺には君を守る責任がある」


「責任だなどと、わらわは自分の身ぐらい自分で守れるとそう云っておる」


「違う」


「違わぬ、なんでも自分一人で背負い込もうとするでない。なんじゃボロカスになりおって!」


「俺のパーティだ!」


「だからと云ってなんでも立ち向かえばいいというものではない! よいかカザン、あの臭い僧侶は、もしかすると人間ではないかもしれん」


 それを受けたのはキルシマだった。


「拙者も感じたな。あれはまともではない」


 たしかにゼンガボルトは以前にも増して身体つきが大きくなったように思うが、人ではないとはどういうことだろう。


「あいつはマゼーの洞窟で秘宝を手に入れたんだったな? その秘宝をギルドで換金せず、しかもその後しばらく行方知れずになったとカザン殿は云っていたな?」


 キルシマの問いに俺は頷いた。


「マゼーの洞窟の秘宝てのは、魔石だとの噂もある」


「魔石? どうしてそんなものをギルドが集めるんだ」


「あの野郎の様子を見るとな、その噂もあながち間違いでもないように思える。魔石は人の中の魔を引き出す力があると聞く。どれほど清廉な人間であろうと内面には黒いものが少なからずある。それを引き出すのが魔石であると」


「だったらあいつは魔石の力で魔物になったとでも? ばかばかしい、もともとドス黒い奴だ」


「今度会ったら聞いてみるといい」


 最後にキルシマに茶化され、俺は唸った。


「だったらゼンガボルトはなにをしようとしてるんだ?」


「それも訊いてみればいい。さあ、湖か? 予定はだいぶ狂ったが、クニャック討伐に向かおう」

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