第21話

 ユーリップの昼間に移動できない問題が思わぬところで解消され、俺たちパーティの移動力は格段に増した。俺は元々健脚なので問題なし、キルシマも同様。ジャゴに至っては、今までのものなど歩いているうちに入らないと頼もしいことを云う。


 ユーリップのみぐずった。蝙蝠の姿を見られたくないとのこと。


「見られるくらいならば死ぬ」


「死なないんだろ?」


「死んでみせる」


「何の宣言だよそれ。まあ死ぬのは全力で阻止するが。とにかく頼む、俺に協力してくれ」


「きちんと頼みやれ」


 ユーリップとしては拗ねた振りなのだろうが、俺はいまいち気づかずユーリップの綺麗な瞳を見つめながらしっかりとお願いをした。ユーリップはそこまで云うならと頷いて見せた。


「よし。次はどうする?」


 キルシマが仕切り直すように手を叩く。


「知っての通りヨロフトの塔での獲得物はほとんどギルドに没収された」


「届け出が出てるものばかりだったからな、腹は立つが御上の意向にゃ逆らえまい」


 普段は子供っぽいくせに俺に対しては大人を見せる。そんなキルシマが面白い。


「それでも過去最高の報酬をいただけました。拍手」


 キルシマのみが手を叩く。ジャゴは妙に真剣に聞いてくれているが、ユーリップは鼻をほじっている。落差が激しい人だと俺は笑った。


「で、で。買い物しましょう。これから厳しい依頼をたくさん受けるつもりだ。装備を増強しませんか?」


 それはいいとキルシマは顔を輝かせた。


「拙者、新しい刀が欲しい」


「ジャゴは?」


「馬車が欲しい」


「馬車! ああごめん、さすがに馬車を買える程はお金ないなあ」


 そうかと云ってジャゴは落胆した。たしかに今までないほどに懐はあたたまっているが、馬車それ自体はどうにか買えたとしても、車を牽く馬が買えない。


「武器はどうだ、欲しいものはないか」


 ジャゴは背負子に差した鉄槌に触れた。


「これでいい」


 欲があまりないのは知っていたが、これはそういうものじゃない。うまく説明できないが、これから立ち向かう困難を前に景気づけがしたいだけだ。


「防具でも道具でも、なんかない?」


 ジャゴは腕を組んで考える。俺もよく生真面目だ朴念仁だと揶揄されるが、ジャゴも中々に真面目で堅物だ。


「それなら……駄載獣」


「ダサい?」


「驢馬とか」


「ろば? 駄、載、ああ、駄載獣か。ロバはどこで手に入るんだろ」


 たしかに荷役を担える獣がいれば、持ち運びできる量も格段に上がる。ジャゴの負担も減り、一層戦いに専念できるだろう。しかしジャゴは違うことを考えていたようだ。


「パーティの荷物は今まで通り俺が運ぶ」


「じゃあロバには何を運ばせる?」


「港の荷運びに貸し出す」


「商売?」


 ジャゴは頷いた。見た目もそうだが、本当に逞しい男なのだ。いや、逞しくなければ生きていけなかっただけなのかもしれない。


 俺はユーリップにも尋ねた。どうせ素っ頓狂な答えが返ってくるだろうと身構えていたが、ユーリップは思いついたらなと素っ気ない返事をしたのみ。


「申し訳ないが、俺も買いたいものがある」


 俺がそう云うと、申し訳ないの意味が分からないとユーリップに真顔で云われた。ライホにもそんな風に怒られたことがあったと俺は思い出した。


「カザン殿はなにを買う? 武器はまあ下手糞だからな、新しい盾かな?」


「いや、盾はこの前買ったからいいんだ。もったいぶるようなものはなくて、調理器具とか調味料、あとは保存のきく食材が欲しいと思って」


 なんだとキルシマは鼻を鳴らした。


「武器を新調するのは拙者のみではないか」


 考えてみれば当然で、冒険者向きの職業に就いているのはキルシマのみだ。ユーリップに至っては種族であり職業ですらない。


「まあ、好きなものを買うって云うのはいいものだよ」


 そこからは別行動となった。


 俺は手提げ籠を持って市場に向かった。


 塩、胡椒、バターにチーズ、茸に香草、ニンニク、乾燥パスタ、米、葡萄酒に蒸留酒。干し林檎、干し杏子、干し肉、干し魚。保存用のガラス瓶。フライパンと鍋、包丁も買う。


「やばい、鼻血出そう」


 これで興奮するのだから俺もなかなかの変態だ。


「雌鶏を連れて行って卵を産ませるのもいいかな、いやそれなら牛を連れて行って」


 そんなだから頭上を蝙蝠が旋回していることなど気づかない。


 買い物ついでに顔馴染みの八百屋の親爺に話を聞いた。


「まあこの国は僧侶が少ないから、うまいもの食べて英気を養うのがいいわな」


「どうして少ないんだろう」


「なんでも今の王様の先々代の時代だと云うな、その当時アネムカにはたくさんあった教会を全部追い出しちまった。王家直属の神官職がギュンピョルン家に変わったのも同じ頃だと云うが、関わりがあんのかどうか」


「全部追い出したわけじゃない、ゼンガボルトの家は今もある」


「あそこは特別よ。もともと王家の血筋だしな」


「え! 本当に?」


 あんな品性下劣な男であるのに。


「まあ傍流も傍流だが。ゼンガボルトの家はアネムカ王家が受け皿として残した。受け皿ってのはまあ、貴種だが王を継がない連中の受け入れ先とでも云えばいいか。身綺麗で外聞のいい僧職というのはそういう使いみちもあるってことだ。とにかく先々代の連中のお陰で、今この国に暮らす我々小市民は僧侶による癒しも赦しも受けられないことには違いない。


 アネムカに僧職が少ない理由は、たしかに王の意向が反映されているとは云われている。


「ゼンガボルトに会ったか?」


 俺は頷いた。


「あの野郎、様子おかしくなかったか?」


「ああ、なんだか前より身体が大きくなったように見えた」


「カザンは逆に細くなったがな。それはいいが、ゼンガボルトの野郎、マゼーの洞窟に行ってからなんだか妙なんだ。もともと糞みてえな野郎だがな、なんつうか糞さが増したって云うかな。噂じゃ洞窟で手に入れた秘宝をな、ギルドに手渡さずに猫糞したらしくてよ」


 それはおそらくライホが呪われた原因に関わる事実だ。


「その秘宝がなんなのか知らねえが、お陰でゼンガボルトも呪われたんじゃないかとね」


 珍しいなと八百屋の親爺は顔を顰めて空を見た。


「蝙蝠が飛んでる」


「なんにしても、ライホの呪いを解ける人間がいない。手がかりを得ることもできない。まったくいい迷惑だ」


「まさかカザン、許婚のいる女に懸想してるんじゃないだろうな?」


「どうしてみんなそれを訊くんだろう。俺は俺の責任を果たしたいだけだ」


「相変わらず枯れてるなあ。それはそれで心配だ」


 八百屋でタマネギと人参、小さなトマトを買う。


 折角だからと白身の魚と浅利も買い、俺は家に戻った。久しぶりに家の台所に立ち、買い求めた白身魚と浅利でアクアパッツァを作ろうと思っている。


 白身魚ははらわたを取った小ぶりの鯛。鱗を丁寧に剥がし、身に切れ目を入れ塩胡椒する。フライパンに油を引き、鷹の爪をいれる。鯛を入れ身を崩さないよう両面に焼き目をつける。浅利、ミニトマト、大匙一杯の白葡萄酒をにおい付けに入れ蓋をして蒸焼きにし、仕上げにパセリを振った。


 この料理はとにかく汁がうまい。魚介の出汁とトマトの出汁、一滴も残したくなくなる。ニンニクを入れると尚うまいが今回は控えた。パンも焼きたてを買ってきた。スープに存分に浸して食べよう。


 目の前の空いた椅子に、ふわりとユーリップが現れた。


「食べるかい」


「いらぬ」


 ユーリップはなんだか上機嫌だ。


「今日蝙蝠を見かけたよ。まさか君だったりして」


「しらぬ」


「おなか減ってない?」


「心配無用じゃ」


「浅利にも血を作る作用があるんだ」


「そうか」


「これからも頼む」


「当然であるな」


 出発は夜明け前。


 受領した依頼は、クニャック討伐。

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