第14話
「こ、こんにちは、俺はカザン」
棺の女ははだけた胸元を直し笑って見せた。
「食料に名は要らぬ。さあ、血を吸わせていただく」
「きゅ、吸血鬼……なのか?」
女は頷いた。人の生き血を啜り長生を得た闇の世界の帝王。大抵が男の怪物だと聞くが、女の吸血鬼もいるのか。
棺の女の目を見ているとなんだかひき込まれそうになる。云うことを聞くのが当然であるかのような気がしてくる。男であれ女であれ吸血鬼は魅了持ちが多いと聞くがそのせいだろうか。
「俺はカザン」
「さきほど聞いたぞ」
「君の名前は?」
女は愉快そうに笑った。
「冥土の土産に聞いてゆくか?」
「え、吸血鬼に血を吸われると吸血鬼になるんじゃ?」
「わらわが貴様を下僕にしたいと願えば、そうなる」
え、そうなの?
「え、そうなの?」
牙が近づいてくる。吸血鬼は俺の手を強く引き、その腕に牙を立てた。
「あ」
前屈みになった俺の懐から普段持ち歩いているスパイス袋が落ち、吸血鬼の口にはいった。その瞬間吸血鬼は目の色を変え呻いた。袋の中には胡椒や乾燥させて粉にした香草、同じようにスライスして乾燥させたニンニクが入っていた。
「ニンニク……?」
吸血鬼がニンニクが苦手というのは本当のようだ。棺の女は赤い口を開け苦しんでいる。俺は思わず口の中に手を突っ込んでいた。なにも考えない咄嗟の行動だった。逃げ出す絶好の機会だったのに、今まさに血を吸われ殺されるところであったのに。
「なんじゃもう!」
吸血鬼は苦い薬でも飲まされたような顔をして咳き込んだ。俺は風味付けに使うブランデーの小瓶を吸血鬼に手渡し口をゆすぐよう云った。俺のその行動に吸血鬼はきょとんとしたが、あまりにも口の中が不快だったのだろう素直に云うことに従った。
「ありがとう」
「それもなんか変だ」
「そうかのう」
さてと仕切り直して吸血鬼はあらためて俺の腕に牙を立てた。
「あの」
「なんじゃ、興が殺がれる」
殺がれてくれて結構。
「やはり名前を聞いておきたくて」
時間稼ぎをしている間に、俺がなかなか戻らないことを心配して二人が戻って来てはくれないかと俺は期待しているのだが、残念なことにその様子はまるでない。
女吸血鬼は腰に手を当て溜め息を落とした。
「妙竹林な人間じゃのう。よいか、わらわは忙しいのじゃ」
「どうして忙しいんだ?」
それはお前と云って、吸血鬼は頬を赤く染めた。
「ずっとここで眠っていたのか?」
早く来いキルシマ、気づいてくれジャゴ!
「ここ寒くない? ネズミだらけだし、黴臭いし」
「そうじゃのう。空き家じゃったから使っておったが、たしかにあまり綺麗ではないな。寒いのは気にならんが」
吸血鬼は下唇に指先を当て考える。片方の頬を膨らませ、斜め上を見た。
「寂しくないの?」
「それはっ……。寂しいなど下賤な感情、わらわが持つわけもない」
俺はまあ、料理人でありながら冒険者をする男であるから、自他ともに認める変わり者だ。当然冒険をするにあたってどういうパーティが強いのか機能的なのかを考えたし、今も考えている。
吸血鬼。
「君の名前を知りたい」
「なぜ」
なぜ?
「ええと、」
なぜ。
「君が欲しい」
見る見る吸血鬼の顔が赤くなる。ブランデーをすべて飲み干し、吸血鬼は小さく頷いた。
「ユーリップ」
「ユーリップか。いい名前だ。よし、行こう、ユーリップ」
俺はユーリップの手を引いた。ユーリップは短く悲鳴を上げて手を引っ込めた。
「ごめん、痛かった?」
「わ、わらわが欲しいとはどういうことじゃ」
「どうもこうもない、君が必要だからだ」
ユーリップは今度は耳まで真っ赤にして湯気を出さんばかりだ。
「ど、ど、どうしてわわわらわが必要、だ?」
「一緒に旅をするんだ」
差し出した俺の手をユーリップは、今度は優しくつかんだ。矢張りその手はとても冷たかった。俺はユーリップの手を引いて階段を上がった。上の階では腕組みをしたジャゴと荷物に腰掛けたキルシマが待っていた。
「何やってたんだカザン殿、待ちくたびれ……? むむ」
ジャゴは顔面蒼白となり、キルシマは呆然とした。
「幽霊に憑かれたか」
「幽霊じゃない、新しい仲間だ。紹介しよう吸血鬼のユーリップ」
ユーリップがキルシマとジャゴを交互に見比べ、俺に問うた。
「この二人は」
「旅の仲間、俺のパーティのメンバーだ」
「パーティ?」
「そうだユーリップ。冒険だ」
「そ、そうなのか……」
「どうした?」
「いや、わらわはてっきり貴様と二人で旅をするのじゃと……」
「え?」
なんでもないと云って、ユーリップは両手で顔を覆ってしゃがみこんでしまった。
「しかしカザン殿、こやつはそのう、人ではなく吸血鬼なのだろう? 吸血鬼と云うのは日の光が苦手であると聞く。どうするのだ、昼は動かず夜に依頼をこなすのか? まあ拙者は夜目も効くゆえ問題なしと云いたいところではあるが、昼よりも夜の方が出てくる魔物は強いというのが相場だぞ?」
「わらわが足枷とでも云いたいのかえ?」
「足枷とは申しておらん」
「申しておる!」
ユーリップは鼻の穴を広げて腕組みをした。怒っている。俺は思っていることそのままを尋ねた。
「日の光を浴びたらどうなるんだ、死んでしまうのか? ……それなら俺は、君を危ない世界に引き摺りだそうとしていることになる」
「死にはせぬ。吸血鬼は不死身じゃ。しかしやはり日光は苦手じゃな」
「待て待てカザン殿、こやつは吸血鬼であるならば人の血がなければいかんのだな? いったいどのように調達すると云うのだ」
「なんじゃ先から。カザン、わらわはこの者とは旅に行きとうない!」
そうだろうとも。揉めるのはわかっていた。でも俺は自分の直感を信じる。今までの仲間づくりもそうしてきた。
「ダメだ。この四人で旅に出ると決めたんだ」
「だめなのか」
俺が力強く頷くとキルシマはじゃあしょうがねえと口をへの字にした。ユーリップは頬を膨らませている。
「それでユーリップ、日に当たるとどうなる?」
「云いとうない」
「曇りの日は動けるのか?」
「うむ」
俺は窓から外を見た。ずいぶん時間が経っていたようで外はもう真っ暗だった。
「なにはともあれ依頼はこなしたわけだ。城を徘徊する気配とは、そなたのことだろう?」
俺たちはレレスカー城を出た。月光の下の侍と黒いドレス。なんとも奇妙な取り合わせだ。町に到着し、ギルドに向かう。冒険者ギルドは終日営業しているから夜中に行こうが問題ない。
ギルドのある建物が見えてきた途端キルシマの足が早まった。
「先に酒場へ行っておる。報酬を受け取り次第カザン殿も来てくれ」
よほど腹が減っているのか酒が飲みたいのか。
「ユーリップも先に行くか? 腹減ってるんだろ?」
ジャゴも無言でキルシマの後を追った。
「はら、おなかなど空かない! 平気じゃ!」
「だっておまえ、さっき空腹って俺の血を」
「冗談じゃ」
「まじか」
まじじゃとユーリップは目を大きくして答えた。
ユーリップとの出会いがこの先に俺の運命を大きく変えることになるとは、この時はまだ知る由もなかった。
そのユーリップが少し離れた先を睨むように見た。
「む」
数人の人影がある。
「料理人カザンだな」
「そうだ」
真ん中に立った小柄で小太りの影が剣を抜き駆け込んできた。咄嗟の出来事に、俺は一歩も動けなかった。
「死んで罪を償え!」
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