第13話

 海岸線を西に向かうと断崖が見えてくる。その崖の突端にレレスカー城はある。旧公爵邸だが、三百年以上も無人であるその城に、どうにも人の気配がする。盗賊でも入り込んだか、無宿人でも住み着いたか、調査を頼みたい。


「調査依頼ならそれほど戦闘も起こらない筈。とりあえずこの三人の初仕事としてはちょうどいいと思う」


「拙者はカザン殿に従う」


 ジャゴも頷いた。


 俺は道々二人に改めての自己紹介をした。自分が冒険をする理由、そしてこれからの目的。ジャゴは淡々と聞いていたが、ライホのくだりになるとキルシマは涙を流した。


「なんと美しい。愛か」


「愛?」


 それは違うと俺は云った。ライホに対し責任を感じているが、それが愛情だとはおもっていない。そもそも愛になるほど長く過ごしていなければ、恋をするほどお互いを意識したこともない。俺がそうだというだけでライホは違うかもしれない、などと俺は自惚れも強くない。


 ライホは大切な仲間だ。


「だから治したい」


「しかし盗賊、惜しいな。今の我らに欲しかったのう」


「まあ有能な人です」


 そう云ってしまうとなんだか事務的過ぎる気もするが、ライホは本当に有能な人材だった。


 レレスカー城城門に到着する。鉄の門扉は閉ざされ鎖でがんじがらめに封印されているが、横にある小さな通用口の木の扉は朽ちていた。これでは誰でも入り放題だが、城の内部に入ったところで財宝はないし、ネズミと黴と隙間風でとても住めたものではないと聞く。


 城内は昼なお暗く、不気味だった。


「幽霊が出そうではないか」


 ジャゴが荷物を担ぎ直す。俺もキルシマも基本的に自分の荷物は自分で持ち運んでいるが、それ以外の共用するようなものはすべてジャゴに任せている。これはとても有り難く、体力の温存にもなった。当のジャゴは、慣れているのか涼しい顔をしているばかりか、城までの道中俺が担いでいた鍋や調味料まで持とうと申し出てくれたほどだ。


「キルシマは幽霊平気?」


「はて。拙者見たことがないゆえ」


「ジャゴは?」


 ジャゴは無言でやたらと高い天井などを見ていた。


「カザン殿、この依頼は城に出没する人影を探るのでしたな。それが仮に幽霊であった場合、幽霊であったと申し出てそれで依頼成功となるのか否か」


「さすがに幽霊でした、それではお金頂戴とは云えないよなあ」


 内部は入ってすぐの大広間と使用人室、上階に数部屋そして地階があるだけのようだった。薄暗い中を見渡すが人の気配はない。火を使った形跡もなければ、誰かが出入りした形跡も見受けられなかった。


 床に積もった堆積物に足跡は皆無。


「拙者はどうもこの、石の屋敷と云うのが落ち着かぬ」


「そう?」


「ひやっこいのがいかん。その点、木は良い。温もりがある」


 話しながら上に向かう。上階は長い廊下の左右に同じような造りの部屋がいくつか。ひとつひとつ見ていくがやはり人の気配はなかった。廊下の突き当りに両開きの立派な扉があり、中は随分広い部屋だったが、調度は朽ち見る影もない。


「猫か犬が入り込んだのではないかな」


「ネズミがよく出るって話だけども」


 そこまで話して、まさか行く当てがなくなったギギが出入りしているのではないかと俺は思ったが、それは考え過ぎだとすぐさま打ち消す。


 天井裏にも部屋があったが床板が腐っていたため上がるのは断念した。


「カザン殿、なにもありませんでしたでは格好がつかぬなあ」


「それは確かにそうだ」


 なんでもいい、盗賊どもの酒宴の後でもなんでも。人の気配がするとの噂も、実際に人影を見たのか何か物音がしたのか。


「後は地下か」


 俺たちは自分の足元を見た。松明を掲げた俺が先頭になり、地下への石階段を降りる。地階は上の正面ホールほどの広さがあったが、矢張りなにもなかった。


 いや、棺がひとつ。


「うわあ」


 俺は立ち止まってしまった。後ろに続くキルシマも苦笑いを浮かべ、不気味だと呟いた。ジャゴが変な咳をした。


「大丈夫かジャゴ。黴で喉がやられた?」


 ジャゴは平気だと答えた。


 俺はもう一度広い地下室を見回した。明かりは一切なく、手持ちの松明だけでは隅々まで見通せない。仕方なしに歩き回る。ネズミの気配が逃げていく。


 獣の糞尿の匂いに吐き気を催す。


「さて、カザン殿。残すは棺に御座る」


「うん、わかってる」


「じゃんけんする?」


 またジャゴが咳き込んだ。黴や匂いのせいばかりでもなさそうだ。


「いやいい、俺が開ける」


 俺は松明をキルシマに手渡し、手元を照らすように頼んだ。木棺の蓋に指をかけ力を込めた。キルシマが松明を近づけ、俺は棺の中を覗き込んだ。


「ぅあぇ?」


 俺は思わず変な声をあげた。ジャゴが悲鳴を上げる。


「なんだカザン殿! ……女?」


 棺の中には白い薔薇に包まれた、黒いドレスの女が眠っていた。


 透き通るほど白い肌に銀色の髪、長い睫毛に縁どられた双眸。ほぼ黒に近い唇。細く長い首、すらりと伸びた四肢。お腹の上で軽く組まれた指も細く長く、その爪もまた黒く彩られている。


「死んでる?」


 死体であるにしてもいつからここに安置されているのか、なぜ朽ちていないのか。こんな場所でネズミに齧られもせず腐りもせずに存在できるわけもない。


「屍蝋か?」


 屍蝋とは読んで字の如く、死体が蝋化する現象。だが、


 これは死体なのか?


 たしかに棺に横たわる女に生気はない。呼吸運動もなければ心臓の鼓動もない。その皮膚は死体のように白いが、蝋のように固まっているようには見えなかった。思わず触れたくなるような質感。


「おっぱいでかいな、カザン殿」


「げ、下品だぞキルシマっ」


「ふふん。夜な夜なこのおなごが歩き回っているのであろうかな」


 キルシマは冗談めかしてそう云った。俺は棺の女から目が離せない。


「松明を」


 俺はキルシマから松明を受け取ると、棺の女の顔をまじまじと見た。


「綺麗だ」


「カザン殿、悪い冗談だ。死体相手に恋慕はいただけない」


「違う。死体にしては綺麗すぎるっていう意味だよ」


 キルシマはまぎらわしいと溜め息を吐いて、戻ろうと云った。


「この死体の存在を依頼主に伝えよう。ならば幽霊説も強ち冗談ではなくなる」


 ジャゴはとっとと上に戻っていった。なにも云わないが怖かったのだろう。ジャゴに続いてキルシマも暗い中、上に戻る。一人残された俺は片手に松明、片手に棺の蓋という動きにくい体勢でどうにか元通りにしようと試みた。


「んん、こりゃ無理だ、キルシマ、キルシマさん」


 手伝ってもらおうとキルシマを呼ぶが返事はなかった。


「ん?」


 俺の手首を真っ白い手が掴んでいる。


「まじ……?」


 黒く伸びた爪が皮膚に食い込む。冷たい手だ。


 棺の女は目を見開き、俺を見つめていた。


 俺は腰を抜かした。松明が転がり、棺の蓋が音を立てて床に落ちた。


 彼女が廃城をうろつく影の正体なのか?


 女は起き上がり、俺を睨んだ。


「なんの用じゃ」


「あ、あなたがこの城をうろついているか? それを調べてくれと、い、云われて」


 女は手に力を入れた。骨が軋み、俺は短く悲鳴を上げた。この力まともではない。棺に眠る女は人間ではない。俺は生唾を飲んだ。


「キ……ッ」


 キルシマを呼ぼうとしたが唇に冷たい指を当てられた。


「わらわは空腹じゃ」


 その口には牙が生えていた。

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