第7話

 呪われた水怪、妖精クニャック。


 青白い顔に瞳のない目、血塗られた口。


 俺は声を張り上げた。


「みんな耳を塞げッ! 叫び声を聞くな!」


 クニャックの叫び声を聞くと魂の脆弱なものは命を奪われる。どうりで魚人が一匹も顔を出さないわけだ、みなクニャックを怖れているのだ。


「こ、こっち見てる……」


 ライホがどうすると云わんばかりの表情で俺を見た。


 クニャックは信じられないほど大きな声で叫んだ。鉄の板を引き千切るようなその声に、耳を塞いでいても心臓がもぎ取られそうになる。


「う、ううううぅぅ……ッ」


 ライホもベルエフも苦悶の表情で耐えている。トガが苦しさのあまりもんどり打って地面を転がり、目を真っ赤に充血させ口から泡を吹いた。


 俺はトガに駆け寄り、トガの手の上に自分の手をかぶせて覆った。クニャックの呪いの絶叫に耳が曝され俺も絶叫した。口から手を突っ込まれ内臓を掻き回されているようだ。


 見違えるような動きを見せたのはベルエフだった。幼児に毛が生えた程度の体力と老婆の如き動きのおしとやかさが売りだったが、カザンが選びに選んだ超軽量ナイフをメイン武器とした戦士は、絶叫する魔物に怯むことなくその喉元を切り裂いた。


 その流麗な動きに、普段からベルエフを馬鹿にしているライホも驚きを隠せない。


「ベルエフは使えない戦士じゃない、使う武器が限定されている戦士なんだ」


 そもそも体力も筋力もない人間が斧を扱うのは難しい。それは当然、子供でも分かる理屈だ。ただ俺は、ベルエフの類まれな技術と云うのを目の当たりにしていた。それを活かすため斧から細身の剣に持ち替えさせたが、貧弱戦士にはそれでも負担が大きかったらしい。


 だからナイフだ。


 魔物相手にナイフでは致命傷を与えるのは容易ではない。そもそも魔物は弱点がわかりにくいものも多い。


 俺はヤマユリの根を探しに山に入ったついでにトリカブトを採取していた。薄紫色の可愛らしい花を咲かせるその植物の根っこは乾燥させれば附子と呼ばれる猛毒となる。


 ベルエフのナイフにはたっぷりと附子が塗布されている。


 魔物にも毒は効くのか。


 俺の懸念はすぐさま晴れた。クニャックは強烈な叫びをやめ、苦悶の表情を浮かべた。ベルエフと俺とを交互に睨みつけながら後ずさり、やがて森の奥に消えていった。


「魔物と云えど人型のは、相手にするのは厭なもんだね」


 残響に頭を抱えながらライホが云う。


 相変わらず魔法が出せないトガは、垂れた涎を拭いながらふらふらと立ち上がった。


「沈黙の魔法とか習得してないの?」


「詠唱しました、呪文も間違えていないと思います」


 でも出ない。トガは酷く落ち込んでいる。


 ライホは俺に目を向けた。口に出さないでもわかる、どうしてトガをパーティに入れたのかと訴えている。


「同情?」


 人に情けを掛けられるほど、俺は余裕があるわけじゃない。


「大丈夫だ、トガ。役に立たないのは俺も同じ」


「で、でもカザンさんは、カザンさんは料理ができるじゃないですか! そんなにお金のない僕らでも困らないように現地調達して美味しいもの作ってくれるじゃないですか! 僕にはそれすらないんだ!」


「嘆いても魔法はうまくならんぞ、少年」


 僅かばかり得意げな様子でベルエフが云った。


「まあでも、あんな気味の悪い妖精倒したところで、懸賞金かかってるわけでもなし、売れそうな素材剥ぎ取るのも気が引けるし、良かったんじゃね?」


 ベルエフはクニャックの消えた森の方を見て首を振った。たしかに討伐したのが魔獣ならば皮や角、骨や肉も売り物になるが、人型魔物では剥ぎ取るだけでも気後れする上、クニャックなど禍々しい魔物は呪具にするぐらいしか使いみちはあるまい。


「魚人はあいつにビビッて引っ込んじまうし、今日は厄日だな。こんな日はとっとと町に戻って飲むに限る」


 ベルエフは酒ばかり飲んで食事は摂らない。だから痩せっぽちでよく病に罹るのだ。


 毒ナイフは推察どおりベルエフに嵌まった。重装備できない貧相な戦士は前衛と呼べるほど前に出るわけでもない。


 例えば、現在のリオーのパーティは、勇者、魔法使い、魔獣使い、僧侶。勇魔魔僧。勇者であるリオーは重装備にも適性があり盾も装備できる。魔獣使いポーも重装備はできないものの近接攻撃に特化していることから前衛、僧侶ゼンガボルトも前に出て戦うことができる。後衛に魔法使いネブラフィカを置き、前衛はリオーとポーかゼンガボルトのどちらかかもしくは両方。


 一方俺のパーティ。料理人、盗賊、戦士、魔法使い。料盗戦魔。本来盾となるべき戦士は貧弱、俺も盾の扱いがわからない。ほぼ全員後衛のふざけたパーティだ。時折戦士ベルエフが前に出て攻撃をする程度でバランスは著しく悪く、敵によっては手も足も出せず全滅するだろう。


 前衛二人後衛二人、バランスが取れたパーティが汎用性が高く冒険には理想的だ。


「ねえ」


 ライホが声を掛けてきた。


「面子変える気ないんでしょ?」


「変える理由がない、みんな必要だから居てもらってる」


「そ」


 ライホは前髪を弄りながら、座り込んでいるトガを横目で見る。


「あの少年には、なにかあるの?」


「……なにかって?」


「友達同士で冒険ごっこしてるわけじゃないんだし、ね。このままだとなんていうか、モチベーションが維持できないって云うか」


「う、うん」


 ライホは目だけ上に向けて間を置いた。


 抜ける、か?


 俺は覚悟する。遠からずそんな日が来るだろうとは思っていた。特にライホは盗賊としての職能は決して低いわけではない。アネムカ王国の冒険者たちには卑賎であると蔑まれ、パーティの声掛かりがあまりないだけなのだ。


 今のレベルでも、俺の作ったパーティより上のクラスに行けるだけの能力がある。


「あの、カザン、」


「お、おう」


「お金貯めよう」


「え?」


「お金貯めていい防具買おう。軽くて丈夫なやつ。軽くて丈夫なの高いから」


 俺はライホの大きな目を見た。


「だからカザンもさ、報酬を自分抜きで分配するようなことやめて」


 ライホは気づいていた。


「最低限寝泊まりと食べもの、それ以外は防具買うための資金にしよう」


 これ返すねと云って、ライホはアネムカ硬貨が入った袋を俺に差し出した。


「まさかライホ、今までの報酬使わないで取っておいたのか?」


 ライホは耳まで真っ赤にして俯いた。


「ぜ、全部じゃないんだ。可愛いパンツ買っちゃった」


 その様子を見ていたトガも慌ててポケットから硬貨を引っ張り出し、俺に差し出した。


「ごめんなさい、僕も魔法書買ってしまって……返せと云うなら全額返します」


 いや、いいんだと俺は云う。なんだか胸の奥が暖かくなる。


「俺は全部飲んじった。あとは馬でスッた」


 ベルエフは競馬も大好きだ。


「みんな、ありがとう」


 矢張り俺は目がいいと自賛していたが、ある疑念を持たれていたことにまるで気づいていなかった。その綻びは最初は小さく、やがて大きく歪んでしまうものであるのに。

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