第6話

 俺の話をする。


 名前はもう知ってると思うが、カザン。この国の国民のほとんどに姓はない。


 母は所謂産後の肥立ちが悪かったようで、俺を生んでほどなくして死んだ。だから俺は父の手で育てられた。料理人の父は料理以外はまるで駄目で、物心ついた時にはもう洗濯掃除裁縫は出来ていたように思う。物覚えは悪くなかったから見よう見まねで小器用になんでもこなした。


 祖父も料理人、その祖父もまた。


 町で一番古いのが自慢の店だったが、いつも経営は苦しかった。安くて美味いものを食べさせたいと父は常に云っていたし、それが店のポリシーだった。


 俺が生まれて少しした頃、倹約令が発布された。贅沢は敵と誰もが口を揃えて云い、華美な服装、演劇や美術などの娯楽は軒並み取り締まられ、追随して外食などもってのほかと云う風潮が出来上がり、目に見えて客足が途絶えた。


 結局俺が一人前になる前に店は潰れた。


 店のあった建物は他人の手に渡り、十になる前の俺と父はそこを追い出された。職と寝床を求め町を放浪したが時期が悪かった。父は肺炎となり、そのまま不帰の客となる。


 店を立て直す。


 そのために俺は冒険者をしている。


 ライホ、ベルエフ、トガ。行けるはずだ。


 幾つかの依頼をこなし少ない報酬を四等分するのではなく実質三等分して仲間に渡す。依頼の受領を俺に一任している仲間は受注額も知らないので、俺から分配された報酬が三等分であることなど気づかない。


 少しでも色を付けて報酬を渡さなければいついなくなるかわからない。仲間を信用していないわけではないが、その危機感は常にある。


 ライホは盗賊だけあってお金にはシビアだ。


 ベルエフは金のすべてを飲み代に充てている。


 依頼の最中やその合間に、食べられる草やキノコ、木の実を採取し持ち帰る。当然自分で食べるためだ。爪に火を点すとはまさにこのことで、この頃は燃料もろくに買えないから塩漬けの山菜ばかり食べていた。


 肉が食いたいときは魔獣退治の依頼を受ければいい。魔獣の肉はスジが多くそれほど金にならないから大概は捨て置かれる。赤の葡萄酒と香草を束ねたものと一緒に長時間煮込めば美味いのだ。


「ああ。薪がない」


 そうしてどうにか俺は新しいナイフを買うことができた。調理用ではない、戦闘用のナイフだ。それも自分のではなく、


「俺の?」


 ベルエフは素っ頓狂な声を上げた。


「ナイフなんて女子供じゃないんだから。俺はこれでも戦士、だぜ?」


「いいから、次からこれで戦ってくださいね」


「やだって。勇ましさがない、テンション上がらねえ。だいたいこのナイフ、なんかくせーし」


「よく気づいた。ちょっとした加工がしてある」


「カザンさ、ナイフなんて買ってないで自分の飯買えよパンでもチーズでもさ。俺が云えたもんじゃないけど、随分痩せちゃったじゃないの」


 そうなのだ、パーティメンバーの離脱を恐れるあまり報酬もろくに受け取らず、日々の食事も脂っ気のないものばかりだった俺は、以前のぽっちゃり体系から随分スリムになっていた。


 まんまるく間延びしていた顔も引き締まり、少しだけシュッとした。


「とにかく使ってみてよ」


「ナイフなんて超近接武器じゃないかよ、やだよ」


「一度使って駄目ならもう無理は云わない」


 食い下がる俺に不承不承ながらベルエフはナイフを受け取った。


 技術のみならベルエフは相当のものを持っていると俺は思っている。爪楊枝で蝿を刺し殺し、不慣れな武器でも魔犬ムアサドの目を的確に切り裂き、とどめを刺した。


 体力や腕力がないのなら武器を軽くすればいい。


 細身の剣でも重いのならさらに軽く。


「さて、貧乏暇なし」


 酒を飲みはじめたベルエフを置き、俺は冒険者ギルドに顔を出した。爬虫類系亜人の受付嬢からランクに見合った以来の提示を受ける。


「これなんて如何です? 魚人団殲滅」


 湖のほとりに根城を構えた魚人がこの頃集団を形成し、湖の近くを通る旅人や行商のキャラバンを襲っては身ぐるみを剥ぐと云う事件が頻発。湖だけでなく、この頃は町にまで出張ってきているとも。魚人単体で考えれば以前倒した魔犬より一段落ちの三等悪だが、総勢二十匹ほどの徒党を組んでいるのが厄介だ。


 それでも俺は感慨にふける。


 そんな厄介な依頼も受領できるほどにはギルドに信頼されている。小さな依頼でもコツコツこなしてきた甲斐があった。冒険者ランクは未だにD級だが、腐ってる暇はない。


 依頼を受領し、俺は仲間に召集を掛けた。


 最後の頼みだった謝肉祭名物スキル発掘聖水も空振りに終わった。


 なんだって!


 そんな力を持っていたのか!


 実は魔王の生まれ変わりで云々、実は本当の父は剣聖と呼ばれた男で云々、


 そんなものもない。


 嘘偽りなく、ない。


 俺の父は骨の髄まで料理人であり、あの父と俺が親子でないとしたら怖ろしいほどの他人の空似ということになる。


 だから俺は外側に才能を求めた。綺羅星のように輝くタレントを他人に期待した。


 俺は料理人、材料を見極め調理する。


 ライホの着いたよーの声で俺は我に返った。


「ギョ、ギョジン、半魚人? 根城はどこ?」


 魚人と云うからには水辺だろう。細かい情報は依頼書にはない。ざっくりと湖の西側と書いてあるのみだ。近くまで行けば勝手に湧き出てくるものと俺は高を括っていた。聞いた話では随分好戦的な集団であるようだからだ。


「うわー不安、やばい不安」


「うるさいな貧弱戦士」


 嘆くベルエフにライホは噛みついた。


「だって見てよコレ、俺のナニより小さなナイフ。カザンじゃないけど、果物しか剥けねえ」


 警戒すれど気を配ろうと魚人団は現れることはなかった。疲れたと云ってベルエフは座った。ライホも干し肉を齧る。


 俺は常に携行している組み立て式の釣竿を取り出し釣りをはじめた。魚人の噂で人があまり来ないせいか、すぐに数匹の魚を釣れた。


「なにげにサバイバル能力あるよね」


 ライホに褒められるとうれしいのはなぜだろう。パーティの敏捷性を上げるバフを使用できるライホだが、気分を昂らせる魔法も使えるのだろうか。


「カザン、お腹減ったー」


 俺は火を熾し釣った魚を軽く炙る。やはり常に携行している片手鍋に水を張り、ぶつ切りにした魚を鍋で煮た。スパイスと塩、隠し味に杏子を煮干しにしたものを少々。


「雑魚のスパイス煮込み、できました」


 喜んだのはライホのみ。酒がいいなとふざけたことを云うベルエフと、食欲ないからと蒼い顔をするトガ。騒いでいれば気づかれるかとも思ったが、まるで魚人団は出てこない。


 なぜなら、


「カザン、魚人ってのは女の姿なのかい?」


「違う、あれは……」


 脅威等級6等、クニャック。


 6等と云えばC級以上の冒険者が討伐に向かうレベルの魔物だ。俺たちのランクはいまだ最低のD級、到底太刀打ちできる相手ではない。


「まずい」


 本当にまずい……。

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