第8話

 後から聞いた話だ。


 ライホは職業柄慎重で疑い深い性格をしている。それを悟られないための快活さが普段の彼女にはある。


 そのライホが、俺が冒険に出る目的を探っている。


 潰れてしまった店を立て直す、それだけでは納得いかないのだそうだ。


 料理人カザンは命を懸けて冒険に出るほど強くない。遠回りだろうと屋台でも引きながら金を貯め、新たに店を構えた方が堅実ではないのか。


 スキル付与の聖水を大金を支払って購入。


 追加スキル、なし。


 そんな金があるなら店を立て直す資金に充てたらいい。云っていることとやっていることが矛盾していると、これは誰しもが思うところだ。


 俺にはパーティメンバーに云っていない目的がある。


 命懸けで冒険に出る料理人。半商半士の冒険者ならざらにいるが、料理人の冒険者は稀有だろうと自分でも思う。


 ベルエフはある日、真顔で俺に聞いてきた。


「あんたは金も欲しがらない、女も酒も賭け事もやらない。なにが楽しくて生きてるんだ? そりゃ先祖代々継いできた店を立て直したいってのはわかるが、あんまりそればっかりでもつまらねえ人生じゃないか?」


 俺にはあまりぴんと来なかった。欲はある。お金は欲しいし、女子にももてたい。


 別のある日、ベルエフはライホに云ったそうだ。


「カザンはありゃ変人だ。修行僧ならともかく、男前じゃないが若い男で、それは随分と枯れていらっしゃる」


「酒ばかり飲むヒョロガリ戦士もどうかと思うけど」


「だがよ、得体の知らないところがあるだろう? まあ、気になるほどじゃないが、俺たちゃ一応パーティを組んでるわけでお互い命を預けてるわけだから」


 ライホは多分、気になると探らずにはいられない性分なのだ。


 ギルドの酒場で次に受ける依頼の話をしていた時だ。俺がトイレに席を立った際、何気なくテーブルの上に置いていった手帳をライホは手に取った。


「ら、ライホ、駄目だよ」


「どうして? 出しっぱなしにしてるってことは見てもいいよってことでしょ?」


「そんな」


 だいたいが料理のレシピ。そして食べられる野草。


「あとはギルドの依頼、出会った魔物……」


 ライホは首を傾げた。どうしたとベルエフが訊く。


「……これ、ラドラ王の行動記録?」


 ラドラ・ゴ・アネムカ。アネムカ王国の現国王。


「ずいぶん細かく書き込んである」


「よくこの酒場でも王様の話を他人から聞いてるな」


 ベルエフは舐めるように酒を飲み、ナイフを見た。


「冒険するったって特段身体を鍛えるわけでもねえ。ま、人のことは云えないが、曲がりなりにも戦士の俺と料理人のあいつじゃその意味も違ってくる」


「どういうこと?」


「だから、なんで冒険に出るのか」


「そこなの」


「そこよな」


 金が欲しい。名を上げたい。


「そしてあいつは、新しい食材が欲しい」


「まあ料理人だもんね」


「食材だけじゃねえ」


 ベルエフはナイフの刃先を見つめた。そこには附子の毒がたっぷりと塗りつけてある。


「あいつは毒にも詳しい」


「この手帳にもあるけど、野草とか調理するわけだし、毒草の見分けは必要でしょ?」


 ベルエフはうんと頷いて酒を呷った。


「王様の行動、毒の知識。んで、」


 ベルエフは目の動きのみで、俯いている小さな魔法使いを示した。


「なあトガ。お前の家は代々宮廷魔法使いを輩出している名門マギランプだからな、当然アネムカ王家とも縁があるんだよな?」


 トガは驚いたように顔を上げ、ベルエフの問いに過剰に頷いて見せた。


「なんか厭な予感しないか?」


「やだ、深読みし過ぎ。穿ちすぎー」


 当然そんな会話などしらない俺は、小便から戻り新規の依頼の話をパーティメンバーにした。相変わらずどんよりしているトガはいいとして、やや酩酊気味のベルエフと、どうしてか目を合わせようとしないライホに違和感を覚えたのは記憶に残っている。


「なんかあった?」


「いいや」


「ライホ?」


「え、なんでもないよー」


「トガ?」


「え、あの……」


 たしかに仲間ではあるが、友達ではない。必要以上になれ合う必要などない。俺は気を取り直して依頼の話をすすめた。


「マゼーの洞窟」


「あの、この前行った湖の近くの?」


「うん。俺たちと同じD級冒険者のパーティが行方不明になってね、親から探索依頼が出てる」


「報奨金は?」


 俺が金額を云うとライホは妙な声を出した。


「親がそれだけお金出せるってことはいいとこの子なんじゃない。なんだって冒険者なんてやるのかね、謎だわ」


 ねーと云ってライホは俺をじっとりとした眼差しで見た。俺を揶揄しているのかと、その時はそう思った。


 トガが立ち上がった。階段の方を気にしている。


 蒼い稲妻リオー。ついにふたつ名がついた勇者とその一行が降りてきた。


 魔法使いネブラフィカに魔獣使いポー。トガはネブラフィカに見られないよう、小さな体をさらに小さくして立ち去った。


 ポーが太い首をさすりながら俺に手を挙げた。


「よう、久しぶりだな」


 ネブラフィカはトガの姿を探し、不自然に空席となっている椅子を見て鼻から溜息を抜いた。


「いやあ、ドラゴン大変。調教きつくてね。生傷絶えんわ。でもほんと、おまえが云ってたとおり相手がドラゴンだと頭が働くっつうか、勘が冴えるっつうか、前の猫よりぐいぐい使役できるわ」


「それはよかった」


 酒だ酒だとポーは適当にテーブルを選んで大声で酒を頼む。


 ベルエフがリオーの一団を見て声を出す。


「あんたら、僧侶はどうした? あのガタイだけでかくて餓鬼みてえな」


「ゼンガボルトには抜けてもらった」


 どうしてと俺は口を挟む。


「下品で野蛮だから」


 ネブラフィカが憎々しげに云った。


「品性下劣なのよあいつ。僧侶のくせに」


 下劣なのは俺もよく知っている。ゼンガボルトには過去何度も辛酸をなめさせられている。ポーがジョッキ片手に寄って来た。


「依頼で湖の西にあるカスガスの森に行った時だ、知ってるかクニャックって女怪。そいつが怪我して気を失っていてな」


「やめないかポー」


「いいんだよ、ゲス野郎のゲス行為は隠しちゃだめだ。とにかくそのクニャックをな、あろうことかあの野郎犯しやがった! 見つけた俺が問い詰めると、魔物なんだから問題ねえだろうとこうだ。溜まってると術の精度が落ちると糞みてえな理由を吐きやがったから、俺は思わずぶん殴った!」


 云うだけ云ってポーは元のテーブルに戻っていった。よほど腹に据えかねていたことなのだろう。


 リオーは俺を見た。


「戻ってきてくれないだろうか」


 ネブラフィカは不服なのだろう、ポーのいるテーブルに足音を立てて向かった。


「虫のいい話なのはわかってる。正直に云えば替えになる職業に空きがないというのもその理由だ。恥を忍んで頼む、カザン戻ってきてくれ」


 ベルエフは気の抜けた感嘆符をもらす。


「勇者様じきじきのお誘いか、すげえなカザン!」


「なにを云ってるんだベルエフ」


 俺がその誘いに乗ると云うことは、今のパーティを解散すると云うことに他ならない。俺が云いたいことが分かったのだろう、ベルエフは手をひらひらさせた。


「かまわねえよ、な? ライホ。俺たちといるよっか勇者様のパーティのほうがどんだけいいか。俺だって誘われたらすぐ行くぜ」


「いや、戦士は要らないんだ、すまない」


「わかってるそんなもんは、まじめか。そうじゃなくてよ、俺たちゃ冒険者よ、金稼ぐため強くなるため見聞広めるためいろんな理由でここに集まってるわけだ。仲良しクラブじゃねえんだから、上に行くきっかけを掴むのに躊躇する理由なんてねえってことだ」


 ライホは下唇を噛んでいる。


 俺をクビにした人間に頭を下げさせてる、本来ならこれほど溜飲が下がる状況もないはずが、どうしてこれほど苦しいのか。


「おいおい悩むことかカザン、いいか、おまえは、金を稼いで店を立て直す、そうだろうが」


 俺はリオーを見た。リオーはいつものようにまっすぐな目で俺を見返している。


「俺は」


 ライホの視線を感じる。


「俺はリオーとはいかない」


 馬鹿だなお前はとベルエフが嘆くように云った。


 いいんだ、俺は俺だ。俺はライホにほほ笑んだ。


 ライホは目をそらした。


 それからほどなくして、俺の作り上げたパーティは崩壊した。

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