第5話

 ライホのバフの効果もあり、動きが遅いベルエフもどうにか魔獣の動きについて行くことができた。


 ムアサドの鋭い牙の攻撃を躱し剣を振るう。狙ったのかどうか、ベルエフの剣は魔獣の左眼を切り裂いた。透かさず残った右目をライホが矢で射る。


 ムアサドは吠えた。


「視界は奪ったが油断するな! 後は相手の動きをよく見て刻め!」


「一気に行こうよカザンー」


「駄目だ、力押しできるほど俺たちは強くないのだ!」


 とどめはベルエフの一撃だった。実に的確な一撃を加える。


 土煙を上げて地に伏し、魔犬ムアサドはその動きを止めた。


「よくやったお疲れさま!」


 緊張が解ける。ベルエフは青い顔をしてその場にへたり込んだ。恐怖から解放され気が抜けたのではなく、単純に疲労に因るものと思われた。


「私もなかなか役に立った」


「ああ、ありがとうライホ!」


 ひとりトガだけが暗い顔をしている。


「駄目だった……なにも発動しなかった……雷火の術も、炎熱も、迅雷も氷結もなにひとつッ!」


 その落ち込み具合に気安く気にするなとは云えない。これから先のことを考えた場合、思うまま魔法が出せない魔法使いなど使いみちがないのは確かな話だ。だが、だからと云ってクビにしようとは俺は思わない。リオーと同じになりたくないのは勿論あるが、俺はトガの目の奥にただならぬ気配を感じ取っていた。


 トガに眠るものが引き出せるかどうかで、俺たちは変わっていくはずだ。


「俺は疲れたよカザン、帰ろう」


「うん」


 その時おうおうと耳障りな声が聞こえた。


 僧侶ゼンガボルトを先頭に、ポー、ネブラフィカ、リオーと続く。


「ムアサドか、でけー犬だが、よく倒せたなカザン」


 ゼンガボルトが濁声で話し掛けてくる。先に行っているとリオーとポーは通り過ぎていった。ポーの後ろを小さなドラゴンがついて行く。高い金を出して買った卵が孵ったのだろう。そのドラゴンはヤマネコ獣人ギギにかわりテイムしているポーの新たな魔物だ。


「俺たちはこれから、上の岩山にいる岩熊を倒しに行くわけだ。魔獣のクラスで云やムアサドの二段上の六等悪、賞金で云や実に十倍。ムアサドあたりはまあ、害獣退治のおっさんでも倒せるからな。おっと馬鹿にしてるわけじゃないぜ、馬鹿にはな」


 俺を小突きながら怒鳴るように云うゼンガボルトに、苛立つのと同時に大層情けない心持ちになった。俺はゼンガボルトに対する子供の頃の恐怖心が抜けていない。


 ゼンガボルトは品定めでもするかのようにライホ、ベルエフ、そしてトガを見た。不躾な眼差しにライホは睨み返し、ベルエフは愛想笑いした。トガは俯いて目も合わせない。


「ま、精々頑張れよ。生涯D級冒険者でも、懸命に励めばどうにか食っていけるだろうしな」


 大笑いしながら立ち去っていくゼンガボルト。


「トガ」


 その声にトガは顔を上げた。


「姉様」


 ネブラフィカが弟を見つめていた。その表情はとても硬い。


「トガ!」


「は、はいっ!」


「なにをしているの?」


「え……?」


「こんなところで何をしているのっ!」


「しゅ、修業……です」


「冗談はおやめ! 修行なら屋敷でなさい! こんな雑用のような依頼をこなすのではなく、屋敷にいる専門の講師から手ほどきを受けた方が何倍も実になります!」


「で、でも姉様」


 ネブラフィカはトガの頬を張った。ベルエフは口笛を吹いた。


「やるねえ」


 俺は思わずトガとネブラフィカの間に入った。


「なんの真似? これはマギランプ家の問題よ!」


「トガは俺のパーティの一員だ」


「なにあんた、リーダーのつもり? トガとあんたじゃ家格が違う、ふざけないで!」


「やーな女ー」


 歌うようにライホが口を挟んだ。ネブラフィカはライホをきつく睨んだ。美人なだけに睨むと相当険のある顔つきになる。


「文句あって?」


「文句はないけどさ。トガ君、そんなに活躍してないし」


「ライホ!」


「カザン、トガは家に帰して頂戴。いいわね?」


「駄目だ」


「そうしなよ、カザン」


「駄目だ。トガは俺のパーティの大切な一員だ」


 頭の上で自分のことを云われて、トガ自身はどう思っているのか。俯き震えている。なにかに耐えているのかもしれない。


「トガ」


「トガ!」


 トガは走って山を下った。ネブラフィカはその小さな背をしばらく見つめていたが、やおら俺を睨みつけ、


「あの子をマギランプの家に返しなさい」


「無理だ。いや、トガが帰ると云うならしかたないが」


「あんたのところにいても未来はない! 返しなさい!」


 ライホが割って入る。


「嫌だって云ってんじゃん」


 ネブラフィカは魔法の杖を構えた。魔法使いとしての熟練度はまだ中位だが、家付きの講師とやらが余程優秀なのかレベルに見合わない高位魔法を使うことができる。当然不肖の弟とは違い、術式成功率も九割を超える。それを才能と呼んでしまえばその通りなのだ。ネブラフィカは才能に溢れた若き魔法使いだ。


「返せ、料理人」


 俺は生唾を飲んだ。


 弦を引く音。俺の後ろでライホが弓に矢を番えていた。


「いくら魔法が強くても、あんたら魔法使いは敏捷性に欠ける。カザンを攻撃して、次の魔法の詠唱が終わるまでに私の矢を止めることができるかな? 出来なきゃ死ぬよ」


 ネブラフィカは杖を下げ、憤懣をまき散らしながらリオーの後を追った。


「綺麗な赤い髪」


 ライホは自分のアホ毛を弄りながら笑った。

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