第4話

 ライホは口を尖らせながら歩いている。


 俺たちパーティ四人はさっそく冒険者ギルドの依頼を受け、牧場の乳牛を襲う魔物退治に赴いていた。


「そんなに不満かい?」


 ライホにそう声を掛けたのは病弱戦士ベルエフだった。


 斧がメインの武器だと云って譲らないのを俺が無理矢理細身の剣に変えさせた。蝿を爪楊枝で串刺しにした手さばきは見惚れるほどであり、単純に体力がないなら軽い武器にすればいいと思ったのだ。


 確かにベルエフでは盾役に心許ない。縦には長いが幅も厚みもない。病弱で身体も弱く体力もない。山の上の牧場までの道程ですら息が上がっている。


「ベルエフ、体力をつけるのにニンニクは有効だ」


「いやあ、ニンニクは苦手だな。においがきつい」


 存外わがまま。


 俺は小休止に、粒ごとのニンニクを油で煮て食べてみてとベルエフに出してみた。


「油で煮たらそんなに匂いしないから」


 ベルエフは一粒食べて、食感がだめだと云った。結局ニンニクは全部ライホが食べた。


「貧弱でも戦士だもんねえ。戦士」


 ライホはじっとりとした目でベルエフを見た。ベルエフはにんまりとして、手を振って見せた。


「ねえ、カザン。どうして騎士とか忍者にしなかったの?」


 本人を前にしてよくそんなこと訊けるものだと俺は思う。裏表がないところもライホのいい所であるようだが、それってそもそも盗賊としてはどうなのか。


「あ。料理人を追放して騎士入れるかっ」


「入れるかっじゃない」


 冗談だしーと屈託なく笑うライホに、自然と俺は癒される。どんなに悪態をついても許されるタイプと云うのはいるものだ。


「なんか、ごめんなさい……」


 相変わらずの小さい声。俺は危うく聞き逃すところだった。振り返ると魔法使いのトガがいた。


「なんで謝るの?」


「だってぼく」


「魔法が使えない魔法使いだもんねえ。それって料理ができない料理人ってことでしょ、カザン」


「いいんだよ、口だすなよライホ」


 トガは再度ごめんなさいと謝った。俺はただでさえ小柄であるのにさらに小さくなってしまったトガを見つめた。


「でもトガ君さ、修業は積んでるんでしょ? 宮廷魔法使いのマギランプ家なら魔法書の類だって事欠かないだろうし」


「そ、それは勿論です! でもぼく、呑み込みが悪いのか……才能がないのか……」


 才能。きらきらした言葉だ。つい先日まで、俺もその言葉に取り縋って生きてきた。そのきらきらしたものがひとつくらいは、自分の中に埋まっているだろうと信じていた。


 トガは黒目勝ちの瞳を潤ませている。


「泣いたって魔法使えないよ? 見返すんでしょ、家の人たちをさあ」


 発破かけてんだか貶してんだか。やはりライホに悪意はない。


「よし、目的地まであと少しだ」


 そう云って俺は立ち上がった。もう少し休もうとベルエフがぼやく。


「剣が重いのさ」


「情けないなー。あんた重いから重装備は嫌だって、鎧も革だし盾も持ってないじゃない。そんなので魔物倒せるわけ?」


 いやあとベルエフは笑った。


「一切照れるようなこと云ってないんすけど」


 ライホは呆れてさっさと先を進んだ。俺も焚火に砂をかけライホに続き、その後ろをトガがついてくる。ベルエフは最後尾だ。


「カザン、魔物ってあのコ?」


 ライホが指差した先にはギギ。ギギは確かに魔物の類ではあるが、体格から考えても乳牛を襲うことはない。


「あれはただのヤマネコ獣人だよ。リオーのパーティにいる魔獣使いが前にテイムしていたんだけど、ドラゴンの卵を手に入れたとかで用済みになったんだ」


「なんだか可哀想……ん、なになに?」


 トガがモゴモゴしているのを見て取り、ライホはその口元に耳を寄せた。


「……え、えっとあの、本来や、野生で生きている場合、人と生活してしまうとなかなか元には戻れないと聞いたことがあります。人と暮らして人の匂いがついてしまうと、他の仲間がそれを嫌うからだとか」


「へえ、物知りなのねトガ君」


 トガは顔を真っ赤にして俯いてしまった。


 俺は遠くに立つギギを見つめた。ギギはどこか寂しそうな顔をして山の上に走って消えた。


「で、退治するのはなんて魔物?」


「ああえっと」


 俺は指示書を開いた。


「犬。黒い犬。牛より大きくて目は赤い。一説には触れただけで死ぬとあるが、真偽は定かではない、そうだ」


 ムアサドという犬に似た魔物。ギルドが定めた脅威等級は四。四等悪と呼ばれる。


 脅威等級は初等、二等、三等と上がっていき数が増すほどにその危険度も上がる。


 ライホは怯えた様子もなくふうんとか云っている。ベルエフなどはまるで他人事で聞いてもいない。トガだけがひいと短い悲鳴を漏らした。


「カザンは戦わないんでしょ?」


「た、戦う! 戦闘スキルは何もないが!」


「鼻息吹き出しながら云うこっちゃないよ、それ」


「職業適性から装備できる武器も少ないぞ」


 ライホは俺の腰のものを見た。


「それはナイフかね? ナイフ以外だとなにが装備できるの?」


「フライパン、包丁」


「武器じゃないし、もう。で、それは何ナイフ?」


「ペティナイフ」


 野菜や果物の皮を剥くのに適している。期待してるわね戦士さんとライホは云った。ベルエフはへらへら笑って手を挙げた。


「カザンさん、ぼく不安です」


「カザンでいいよトガ。そんなに歳も変わらないんだし。でも不安は俺もだ。低ランクの依頼と云えど相手は魔物だし」


 リオーのパーティにいた時に魔物退治は何度も請け負ったが、真っ当な勇者と才能豊かな魔法使い、それに肉体派魔獣使いがいれば料理人などには出番はなかった。


 じゃじゃーんと場違いに明るい声。見ればライホが背中に荷物から半弓を取り出していた。


「いいでしょ。これで私も後方から攻撃できるし」


「お嬢ちゃんが盾持って前出てもらってもいいんだぜ?」


「なに云ってんの貧弱戦士! 戦士は前、盗賊は後ろ! 適性ってもんがある!」


「だとよ、カザン。意外と頭かてーよな」


 牧場の柵が見えた。


「みんな、油断はするな」


 柵の向こうに熊と見紛うほど大きな黒い犬の魔物が見えた。


 俺はナイフを構えた。細身の剣を構えベルエフも攻撃の姿勢をとる。


「ぼ、僕はどうすればッ」


「トガはとにかく、思いつく限りの攻撃魔法を!」


「ライホ! 敏捷性を上げるバフ!」


「さっそくきたわね」


「ベルエフ、攻撃準備は?」


「ま、まあ、いいぞ」


 ようし、みてろよリオー、ネブラフィカ、ゼンガボルト、


 俺はぜったい這い上がるッ!

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