第3話

 毎年春先に行われる謝肉祭。


 カーニヴァル。


 俺はずっと心待ちにしていた。何故ならアネムカの謝肉祭では毎回、人には最低ひとつはあるという才能、それを開花させることができる聖水が販売されるのだ。


 その聖水はそれはもう目の玉が飛び出るほど高価なのだが、その価値は十分にある。


 リオーのパーティにいた時からコツコツと聖水の代金を貯めはじめて三年、やっと新たな自分に生まれ変わる機会を得ることができるその年にクビになったわけだが。


「ぃよしッ!」


 俺は貯めていたアネムカ硬貨を麻袋に詰めると借家を出た。家族もみんな死んで店も潰れたが、ひとまず夜露を凌ぐ場所がある、それだけでどれほどありがたいか。


 俺は勇んで町の中央広場に向かった。


 出店にパレード、楽隊に酔っ払い。仮装に身を包んだ市民の間を縫って、聖水を売る出店の前に音を立てて壺を置いた。


「お、お願いします!」


「おう、カザンか」


 聖水売りのおじさんは父の知り合いでもある。だから俺とも旧知の間柄だ。


「やっと来たな、ずっと云ってたもんな聖水飲むってよ。料理人なのにな、お前。変わった奴だ」


「お金足りてる?」


「ちょっと待ていま数える」


 でっぷりと腹が出た聖水売りは壺をひっくり返して硬貨を出し、ひとつひとつ数え始めた。用心棒が立っている。相当の大金が動いているのだから、それも当然だろう。


「よし足りてる」


 おじさんは俺に小さな小瓶を手渡し広場の外れを指差した。小さなテーブルに羅紗の布を張り椅子に腰掛けている美女がいる。


「飲むだけじゃ駄目だ、占い師にどんなスキルが発現したのかちゃんと聞いていけよ」


 俺は未練たらしく支払った金を見た。あれだけの金があれば店の再建に随分役立つ。それを押し切ってまで何が出るかわからない、云ってみればギャンブルのような真似をしていいものか。


 いや、きっと役立つスキルが身につくはずだ。


 俺は瓶の中身を飲み干し、占い師のもとに向かった。


「いらっしゃい」


 鼻にかかった声が矢鱈に妖艶な、泣きボクロの女性。


「カザン」


「あ、はい」


「お父様にはお世話になったわあ」


「は、はあ」


 どのように世話になったのか訊きたかったが、父の秘密を暴くような真似はよそうと思い留まる。


 占い師はしばらく俺の顔を見つめ、手元の水晶玉を覗いた。


「ううん」


「どうですか?」


 俺は鼻息荒く尋ねた。占い師はもう一度ううんと唸った。


「あなたもう、スキル解放しているわよ」


「……え?」


「うん。昨日今日じゃない、貴方には既にしっかりとしたスキルが身についてます」


「それってあの、料理系のスキルとか?」


「違うようね。たしかに料理系のスキルはいくつかあるけど、それはどれも修行に因る習得技術のよう」


「そ、それじゃ、なんのスキル?」


「うん。目……目が見える。目ね」


「目」


「目」


 目のスキルとは、目の才能とはなんぞや。魔獣使いポーにもお前は目がいいと云われたが、俺は人に自慢できるほど視力があるわけでもなければ、たとえば動体視力に優れているとか、闇でも先を見通せるとか、況や透視能力があるとか千里眼があるとか……まるでない。


「ごめんなさい、それ以上はわからないの」


「ま、待ってください」


「ごめんなさいね。さ、次の方どうぞ」


 知らぬ間に後ろには行列ができていた。これでは食い下がって訊くわけにもいかない。列の後ろの方にライホのアホ毛も見える。


 これが結果か? 店を立て直す金を使ってまで手に入れた聖水の効果がこれか?


 俺は愕然とし、悄然となって、呆然とした。


 町に夕暮れが訪れ謝肉祭もいよいよ最高潮を迎えようとしている頃、どうにかこうにか立ち直った俺は、浮かれた人の波に揉まれながら帰宅した。


「目、目、目?」


 ランプに火を点し、とりあえず晩飯の支度をはじめる。落ち込もうと辛かろうと飯を食っていればどうにかなると、これは死んだ父の言葉だ。


 小麦粉を取り出し、塩と鹹水で麺を打つ。


「目……」


 食材を見る目がいいとか。それならそれでいいのか。人生に美味いものは必要だ。


 出来た麺を一度寝かせる。その間に、鶏の骨、干し魚、干した海藻、香味の強い野菜と干し茸を丁寧に煮出してスープを作る。鶏の骨はただ同然で譲ってもらえるし、海藻は早朝に浜辺を歩けばいくらでも拾える。


 以前リオーが倒した魔物から剥いだ肉も塩漬けにして貯蔵してある。


 麺を茹で、炒った塩におろしにんにく、そして牛脂を器に落としスープを注いだ。塩漬け肉の薄切りを直火で炙って乗せ、白髪にした葱を添える。


「ラーメン」


 ラーメンだ。なぜ男はラーメンが好きなのか。食欲がなくてもラーメンならいける、満腹でもラーメンなら食える。


 俺はラーメンを啜りながらパーティメンバーのことを考えた。


 まず、パーティの型を決めたいところだが、料理人がいる時点でどうしたって変わり種パーティになること必至であり、攻撃超攻撃バランス守備と型を色々思案したところで無意味であるように思う。


 料理人に加えて確定しているメンバーは盗賊だ。


「ううん、トリッキー」


 攻撃ができる職業は必須だから病弱戦士ベルエフか騎士見習いか忍者。しかし忍者は前衛向きではない。ならば戦士か騎士。


 騎士はよくわからなかった。しかしベルエフには技術の冴えが垣間見えた。


 麺を啜り香ばしい肉を噛む。熱々のスープを吸う。


 箸と器を洗い水を飲む。ラーメンを食べた後はどうしてこう水がうまいのだろう。


「よし」


 残った金で旅の支度をしよう。俺は欠伸をする。待ちに待った謝肉祭、待ちに待った聖水だったが期待は外れた。しかしここで落ち込んでいても誰も掬い上げてはくれない。


 翌日、俺は買い物に出かけた。冒険者たるもの手にする武器も選りすぐらなくてはならない。近道にと入った路地裏で、大きな猫が通り過ぎていくのが見えた。


「ギギ?」


 ポーが依然テイムしていた獣人。人とヤマネコの中間のような容姿をしていたと記憶しているが、低い姿勢で移動しているとほとんど獣だ。


「可哀想に俺と同じく追放されたんだっけか」


 俺は鍛冶屋に入って片手で扱える細身の剣を買った。本当は軽い盾も欲しかったのだが、お金が足りなかったら。その足で冒険者ギルドに向かう。


 新たな仲間で冒険者登録をするためだ。


 俺のパーティだ。


「やあ、ライホ」


 ギルドにはライホがいた。


「スキルの聖水、どうだった?」


 ライホは呪文をひとつ覚えたと自慢した。


「呪文! いいな!」


「でしょう。俊敏性あげる効果があるんだって。しかも一人じゃなく、パーティ全体に」


「それはすごい!」


「ねー。私を仲間にして正解。カザン、見る目あるう」


 可愛い顔した女子に二の腕を突かれる。これはもう惚れてまうパターンである。


「で、で、後の二人は誰にしたの? 騎士? 忍者?」


「うん。あとの二人は……」


 俺はにこにこしているライホに、残りの二人の名前を告げた。

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