第3話:旅館の秘密
翌朝、敬介は目覚めた瞬間から、昨夜の出来事が現実だったのかどうかを疑っていた。
あの影。鏡の中の囁き。
夢だったのか、それとも——?
ふと、視線を感じて振り向く。
しかし、そこにはただ冷たい朝の空気が満ちているだけだった。
「……気のせいか。」
嫌な胸騒ぎを振り払うように、敬介は部屋を出た。
フロントで朝食の準備を待っている間、女将の姿を見つけると、敬介は意を決して昨夜の出来事を話した。
「昨夜……変なものを見た気がするんです。」
女将は、お茶を入れる手を一瞬だけ止めた。
「……変なもの、ですか?」
敬介は言葉を選びながら続けた。
「夜、障子越しに影が見えたんです。でも、開けたら誰もいなかった。しかも、耳元で何か囁く声が……。」
言い終わると、女将の表情がわずかに曇った。
敬介は違和感を覚えた。
(……まるで、この話を聞くのが当たり前みたいな顔だ。)
敬介は核心に迫るように尋ねた。
「……離れに、他のお客さんはいませんよね?」
女将は静かに頷いた。
「ええ、お客様はお一人だけです。」
敬介は少し安堵したが、その後に続く女将の言葉が彼の不安を掻き立てた。
「ただ……あの部屋では、不思議なことが起きると聞いております。」
敬介の背筋が冷たくなる。
「不思議なこと?」
「……詳しくは存じません。ただ、以前にもお客様から似たようなお話を伺ったことがあります。」
「どんな話ですか?」
女将は一瞬、言葉を探すように視線を落とした。
「……夜、誰もいないはずの廊下に人影が見えたと。」
敬介の心臓が跳ね上がる。
「それに……鏡の中に何かが映る、というお話も。」
敬介は息を呑んだ。
「……それは、いったい誰なんです?」
女将は少し考えた後、ふっと微笑んだ。
「……さあ、どなたでしょうね。」
そして、それ以上語ろうとはせず、話題を変えた。
だが、その微笑みはどこか作り物めいていた。
敬介の中に芽生えた不安は、消えないどころか、ますます濃くなっていった。
そして、二日目の夜が訪れる。
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