第2話:夜の囁き
夜も更け、旅館全体が静寂に包まれていた。
敬介は布団を敷き、寝ようとしたそのとき——
障子越しに、人影が揺らめいた。
(……誰かいる?)
この旅館にはほとんど宿泊客がいないはずだ。
ふと耳を澄ますが、足音も気配もない。
不安が胸をよぎる。
障子の向こうで、影はじっと動かない。
敬介は喉の奥が乾くのを感じながら、そっと障子に手をかけた。
わずかに開け、静かに覗き込む——
——そこには、何もいなかった。
旅館の廊下が、ただ闇に沈んでいるだけ。
だが、敬介は確かに見たのだ。
あの影は、ここにいたはずなのに。
外から冷たい風が吹き込み、鳥肌が立つ。
背筋に寒気が走るのを感じながら、敬介はゆっくりと障子を閉じた。
(……気のせいか?)
そう思いながら布団に戻る。
しかし——
耳元で、囁く声がした。
「……覚えていますか?」
ゾクリとした悪寒が背中を這い上がる。
敬介は飛び起きた。
だが、部屋の中には誰もいない。
ただ、壁にかけられた古びた鏡が、ぼんやりと彼を映しているだけだった。
敬介は荒い息を整えながら、鏡を見つめる。
——その鏡の中で、敬介の背後に何かが映った。
人影——?
薄闇の中、うっすらとした輪郭が浮かび上がる。
背後に誰かが立っている。
敬介の心臓が跳ね上がる。
(いや……そんなはずはない。)
鏡の中に映るのは、自分一人のはずだ。
震えながら、敬介はゆっくりと振り返る。
だが——
そこには、誰もいなかった。
もう一度、恐る恐る鏡を覗き込む。
——だが今度は、そこには何も映っていなかった。
(……俺の見間違い?)
敬介は額の汗を拭い、再び布団に潜り込む。
だが、まぶたを閉じた瞬間——
「……覚えていますか?」
今度は、部屋の四方から複数の声が囁いた。
敬介は心臓が凍りつくのを感じながら、再び飛び起きた。
その時——
鏡が、カタリと揺れた。
風も吹いていないのに。
敬介は固まったまま、息を殺した。
静寂の中で、敬介は恐怖に身を震わせながら、夜が明けるのを待つしかなかった。
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