雪深い旅館への誘い

苔葉

第1話:雪深い旅館への誘い

静かに降り積もる雪の中、山奥にひっそりと佇む旅館があった。山奥の一本道を抜け、辿り着いたその場所は、まるで時の流れから切り離されたようだった。


白く染まる木々の間に、ひときわ目を引く古びた木造建築。都会の喧騒から逃れるために一人旅を選んだ敬介は、その静かな旅館に足を踏み入れる。


外気の冷たさが肌を刺す。だが、それ以上に奇妙な違和感があった。旅館の周囲には、人の気配がまるでない。宿泊客の姿もなく、静寂が支配していた。


旅館の門をくぐった瞬間、寒さとは別の、薄気味悪い感覚が背を這い上がった。


「お待ちしておりました。」


玄関先に立つ女将が、深々と頭を下げる。


彼女の微笑みは丁寧でありながら、どこかぎこちなかった。


どこか張り付いたような微笑み。顔色が妙に白く、目の奥が濁っているように見えた。





「いらっしゃいませ、森山様。ご足労いただきまして。」


予約をしたわけでもないのに、名前を口にしたことに、敬介はわずかな違和感を覚えた。


(……なんで名前を知っている?)


「……よろしくお願いします。」


ふと、女将の後ろにある長い廊下の先に、おかっぱ頭の少女が立っているのが目に入った。


年の頃は七、八歳だろうか。真っ白な着物を着て、じっとこちらを見ていた。


「……あの子は?」


敬介が尋ねると、女将は一瞬だけ顔を曇らせ、すぐに微笑みを取り繕った。


「……どの子のことでしょう?」


そう言われ、再び廊下を見た時には、少女の姿は消えていた。


女将に案内され、広い離れの部屋に通される。


客はほとんどいないらしく、贅沢にも一人で過ごせるようだった。


「ゆっくりお過ごしくださいませ。何かございましたら、すぐにお呼びください。」


そう言い残して、女将は襖を静かに閉める。


その途端、静寂が部屋を包み込んだ。


窓の外には一面の雪景色が広がり、灰色の空が重くのしかかる。


暖房の温かさに身を預けながら、敬介はほっと一息ついた。

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