第2話 触るな危険! 烏合の衆①

 交流会は町から離れた山で行われることがわかった。今はまだ昼時にもかかわらず、山の一部分が漆黒に染まっていることが上空からよくわかる。


「はい。え~~そろそろ――地上に降ります――皆さん焦らず――慎重に降りて――ください」


 大きくもパッとしない声が群れの前方から聞こえた。たぶんリーダーが言ったのだろう。約15分間、群れを率いて全力で飛び続けたことがよくわかる声のかすれぐあいだが、群れの最後尾にいる私からでも容易に聞こえた。周辺のカラス達もざわつき始める。


「じゃあ俺が一番乗りだ。お前ら邪魔すんなよ」


「はァッ、何言ってんだ、おい。俺が先だろうが」


「い~や、俺が一番に行って、全部頂くね。お前ら、馬鹿どもに食わせるものなんて何もねぇ~よ。じゃ、お先!」


「おい!待てコラァー! ぶっ殺してやるよ!」


 我先にと、恐ろしい体勢で地上に落ちていくカラス達が続々と現れ、群れにどんどん穴が空いていく。私の周りのカラスも気づけば消え去り、空に残っているのは私と明らかに疲れ切って、ぷかぷか浮かんでいるロンだけだった。私はロンに駆け寄り、共にゆっくりと地上に降りた。


 下を見ると山の大きな漆黒に大量のカラスが吸い込まれるように降りていくのが見えた。私の目の前を飛び過ぎようとしたドバトの群れも、動きを止め、その様子を観察していた。それにしても、カラスが山の一点に大量に集まる光景は他の生物から、どう思われているのだろうか。ドバトに話しかけることも可能だったがやめた。

言語はわかっても話が通じない。


「大丈夫ですか。何か考え事ですか? 」


 ロンが私にかすれ声で言った。息を吸うたびに胸が上下しているのがわかる。


「私は大丈夫です。ロンさんこそ大丈夫ですか」


「大丈夫です、大丈夫。あと、さん付けなんてしなくていいですよ。気さくに名前で言ってください」


「そうでしたね、すいません」さん付けしないのは、悪い気がする。


「いいですか、交流会は目と鼻の先です。そんな怖い顔しちゃったら楽しみも逃げてしまいますよ」


 ロンに笑顔で言われたため私は同じく笑顔で返した。私が変にいろいろ考えているうちに地上は、もうすぐそこまで来ていた。地面がカラスで飽和し、あたり一帯が鳴き声で騒がしい。やっぱりカラス多いんだな、と思ったが一つ引っ掛かるものがあった。交流会には1回しか行ったことがないため、確証はもてないが、なんとなくカラスの数が少ない気がした。


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 交流会は年に1回、秋の終わりに行われる行事だ。街に住む様々な群れが都会から離れた奥深い山に集まり、それぞれの群れの縄張りにある餌場を他の群れに譲り合う。または餌場を違う群れ同士で共有しあう。たぶん目的は群れ同士の仲を深め、厳しい冬を助け合いながら乗り越えること.....おそらく交流会を始めた人は仲間思いの優しい人なのだろう

 

 ――そして今、目の前で行われている交流会を見たら泡を吹いて倒れてしまうだろう。

 

 形式上、餌場の譲り合いや餌場の共有は行われているが、裏ではゴロツキ同士の情報交換や闇取引が広葉樹の陰に紛れて行われている。群れは群れで、お互い仲良くしましょうね、なんて気は微塵もない。縄張り争いでバチバチやり合い、時には争いすら発生。周りは止めることすら知らずに野次馬へと変わっていく。野次馬には明らかに私の群れのメンバーがいた。それも多数。ロンがいるのでないかと考えたが、さっきロンが餌場に足を運ぶために空に飛び立ったことを思い出し安心した。


「違う群れ同士の争いに手を突っ込んだりすることはやめてくださいね。本当にめんどくさいですから。」


 リーダーが話す様子が頭に再生される。交流会に到着した際、早々、私が所属する群れに向けて、飛びながらリーダーが言った言葉だ。体がまん丸で、ぽっちゃりとした姿。羽を素早くパタパタさせながらパッとしない声で話す様子は頼りがいがなさすぎる。最初リーダーの姿を見たとき、だから群れ内が荒れてんだな、という綺麗な納得があった。特別、私が所属する群れのメンバーが柄が悪いのもあるが。


 私は、野次馬どころか暴徒と化した群れのメンバー達を避けながら、辺りを彷徨っていた。私は別に餌場に興味はない。自分が容易に生きていけるほどの安全な餌場は確保してある。餌自体も町のあちこちに隠してある。私が交流会に来た目的は、もちろんだ。

 

 交流会には様々な者が集まり、様々な情報が大量に飛び交う。その中にポピーに関する情報が含まれている可能性も高い。私は早速、手当たり次第に聞き取り調査を行おうとした、その矢先――


「お集りの皆さ~~ん。わたくし、キングのもとに集まってくださ~~い。あっ、それぞれの群れごとに集まってくださ~~い」


 突如、品のない大きな声が聞こえた。リーダーのようにパッとしない声ではないが変に間延びしているせいか無性に腹が立つ。キング?なんだ、その偉そうな名前は?そんな偉そうで安直な名前をカラスに与える飼い主がいるのか?私は沸き立つ気持ちを妄想の中のキングにぶつけ、嫌々声のする方へ歩いた。その間もキングというカラスのふざけたような呼び声は続いた。

 

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 予測してなかった事態だ。石ころ、羽毛、ビニール袋、ベニヤ板などのガラクタが積み重なった開けた場所、そこにキングというハシブトガラスはいた――二羽のボディーガードを連れて。


 全長80cm弱の大きな巨体はキングという名にふさわしいが、羽の柄が滲むほどに汚れた不潔な姿とぽっこりお腹は......こんなんでも弱肉強食の世界じゃ王様になれるもんなんだな。兎にも角にもキングは東京を収める王だったなんて面白いもんだ。自己紹介を聞いたときは信じられなかったが、リーダーの「えっ、嘘。本物じゃん」という言葉と周囲の驚きに満ちたざわめきが真実であることを表している。ざわめきは単に交流会によくわからない大きなカラスが侵入したこともあるだろうが。

 喧嘩に励んていた集団も裏取引をしていたゴロツキも行動を慎んでいる。しかし王が交流会に来ることなんて今まで聞いたことがない。一体なんなんだ?


「餌場に行っちゃった人とかいるの? え~~みんなで楽しみたかったのになぁ」


 キングは子供のようにわかりやすい不満そうな顔をしたのちボディーガードに首を振った。ボディーガードは即座にガラクタの後ろに回り、何かを運び出してきた。透明な液体が入ったボトルと大きな皿だ。


「なぜ、わたくしが交流会に来たか疑問に思っている庶民の方々」調子に乗った発言だ。


「わたくし、あなた達と仲良くなりたいと考えて参りました。今、ボディーガードに運び出させたのは、わたくしの気持ちがこもったプレゼントでございます。どうぞお受け取りください」


 キングはボトルの蓋を開けたのち、大きな皿に内容物を並々と注いだ。水のように見えるが、なにか違う気がする。


「さぁさぁ、群れごとに順番を守ってお飲みになってください。ほら、どうぞどうぞ」

  

 首を傾けながらも次々とキングの近くの群れから順番を守って大きな皿に歩いていき内容物を飲みだす。そして次々と、よくわからないという顔で皿から去っていく。この一連の動作がひたすら続いていた。きっと美味しい物ではないんだろう、どんどんと順番が私のいる群れに近づいて来ていた。


「おい、てめぇふざけてんのか!」


 私は一瞬反応できなかった。突然、聞こえた雷鳴のような音が誰かの怒鳴り声であることを理解するのに時間がかかったからだ。見ればキングに対して体が震えるほどの怒りを露わにしている若いカラスがいた。若いカラスは皿を背にして、驚くべき言葉を叫んだ。


「おい、みんな聞け! 俺らが飲まされてんのは酒だ! 酒なんだ!」


 

 



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カラスは吾輩なんて使わない 弱石もやし @yowaishimoyasi

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