ep.2「かご」「きゅうり」「雷」

「雷に打たれたような」

恋に落ちた瞬間をそんな風に言う人がいる。「ビビビときた」なんて言ってたのは誰だったか。

私たち2人の恋にそんな瞬間はなかった。


気づいたら、ずっとそばにいた。


洋食屋のひとり息子の彼と、八百屋三兄弟の末っ子の私、同じ商店街で育った幼なじみの2人。


『好き』を意識したのはいつからだったか。


高校生の時、友達の愛子に

「ようちゃん、H校の高梨くん、知り合いなの?」

と紹介を頼まれ、なんだか寂しい気持ちになった…あの時だろうか。


それとも、ふた家族で花見をしようとなった時、お弁当は『きゅうりのサンドイッチ』が良いと言う彼と『かっぱ巻き』にして欲しいと言う私が口喧嘩をしていると、

「どっちにしても『きゅうり』なんだねぇ。」

と母にあきれ顔で言われ、顔を見合わせて笑ってしまった中学生の時だったろうか。


あの頃、当たり前のようにそばにいて、当たり前のようにずっとあった『好き』がどんな種類の『好き』なのか自分でも分からなかった。でも、2人でいる時、親密な特別な空気が確かにあったのだ。


…彼と愛子が結婚したのは大学を卒業して3年目の春だった。


「おめでとう。お幸せに。」

「ありがとう…何?泣いてるの?」

「…うるさいな。花粉症なんだよ。知ってるでしょ?」

「ブーケトス、お前取れよ。」


…やだよ。…ふざけんな。


ーーーー


(…でも結局ブーケは私が取っちゃったんだよねぇ…結婚はできなかったけど。)


煙突から立ち上る煙を見上げながら、懐かしい昔話を思い出していると彼が近づいて来た。


「何?泣いてるの?」

そんなことを言う彼の目の方が赤く腫れている。


「…花粉症なんだよ。」

「…知ってる。でも泣いてるだろ。」

「…友達、だからね。それに、いくらなんでも早すぎだよ。」

「まだ60だからな…。でも、俺は正直ちょっとホッとしてる。」

「…そう…うん、長く患ってたし、最後の方はホント大変そうだったもんね。」

「それもあるけどなぁ。」


私たちが堂々と2人の想いを口にすることはないだろう。

認められつつあるとは言え、まだまだ好奇の対象である同性愛。


BLブームだの同性パートナーシップ制度がどうのだの言っても、こんな田舎の商店街という小さなコミュニティで2人の気持ちをオープンにすることはできなかったし、私たち自身もこの気持ちがなんなのか…認めるのにも時間がかかったのだ。


「…さて、帰るか。」


車に向かって歩き出した、昔よりだいぶ小さくなった背中を追いかける。


「…歳、取ったね。」

「お互いな。」


ただ、残り少ないこれからの時間はずっと2人でいられたらいい。

『ゆりかごから墓場まで』どこかの国のスローガンのようだけれど…。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る