三題噺
田仲トオル
ep.1「玉子の黄身」「権三じいさん」「白米」
「ねぇ、なんで“権三じいさんの店”なの?」
その店に通うようになってしばらくして店主のおばちゃんに聞いてみた。
「ん?言ってなかったっけ?このお店、もともと祖父がやっていた居酒屋だったのよ。で、祖父の名前が…」
「権三?」
「そう、私が離婚して実家に帰ることになった時『どうせふらふらしてるなら店を継げ。』って、祖父が。でも居酒屋はたいへんでしょ?お店なんてやったことなかったし、専業主婦だったからね。だから、朝だけ、おにぎり専門の店にしたの。」
「なるほどねぇ。」
そう、この店はおにぎりの専門店。
毎朝仕事や学校へ行く前の人々が立ち寄っては、各々の好みのおにぎりを握ってもらっている。
大きめのおにぎり2個に日替わりみそ汁とお新香で500円。テイクアウトの場合、みそ汁はなしだ。
ちなみに僕はこの店の常連であり、米を卸している問屋の営業でもある。子どもの頃からの大の白米好きが高じて米屋になってしまった。
一口に『米』と言っても、なかなか奥が深い。
例えば、コシヒカリは甘くてもちもち、ササニシキはあっさりしっかりしている。
そしておにぎりにおすすめなのは、まずなんと言っても『つや姫』だ。粒の張り感が素晴らしく噛んだ時のさっくりとした食感と、口の中でほろりとほどける感じがたまらない。
だからこの店にも最初は『つや姫』を勧めたのだが…
「うーん。ちょっとざっくりしてるって言うか、しっかりし過ぎって言うか。…もうちょっとしっとり包み込む…優しさを感じるお米は、ない?」
そう言うおばちゃんのリクエストで2人して色々と食べ比べてみたところ
「うん。これだ!」
甘み、旨みが濃い上にしっとり感も申し分なし。しかも、冷めてもうまい。これなら朝買って、お昼に食べるお客さまにも自信をもっておすすめできる。間違いない。
「『にこまる』評判だよ。前よりおいしくなったって!これでこの店も安泰だよ。」
「…大げさな。でもホントに良い米だよね、『にこまる』。
…ところで、今日のおにぎりの具、おすすめは何?」
「そうだねぇ。今日は良いサバが入ったから…塩サバと、おかかチーズ…あと、玉子の黄身の味噌漬け!うンまいよ。」
「へぇ…黄身の味噌漬けねぇ。うまそうだ。…じゃあ、それと…あとはいつものごま昆布で。」
「はいよ。黄身の味噌漬けとごま昆布!入りましたぁ!」
おばちゃんはいつも通り、ひとりしかいないカウンターの中で元気に注文を繰り返すと、炊きたてホカホカのご飯をふんわりと優しくにぎりはじめた。
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