ep.3 「登山」「ドラゴン討伐」「麦わら帽子」
ーーブッブブッ…ブッブ
スマホの振動で目が覚める。
「…なに…?…あぁメグミか」
画面にはLINEの通知。
「今日は山登るよ!ドラゴン討伐だ!」
…は?登山?ドラゴン?…何言ってんだ。
…てか、今何時だ?
…3:25…もちろんAMだ。
「はぁ…。」
軽くため息をついてLINEを開く。
「どこの山ですか?装備は何が必要?」
「ドラゴンと言ったら高尾山でしょ?装備は…ドラゴンの好きそうな食べ物と、あとはロープ?」
…ドラゴンと言ったら高尾山って…それを言うなら天狗だろ。それに、ドラゴンの好きな食べ物ってなんだ?ドラゴンフルーツか?
悪態をつきながら返信する。
「わかった用意しておく。」
…どうせメグミには逆らえない。子どもの頃からそうなのだ。
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海沿いの坂道を少し登ったところに祖父母の家があった。共働きだった両親は小学生の僕を夏休みの間その家に預けていた。祖父母は母の姉夫婦と一緒に小さな民宿を営んでおり、夫婦の娘…つまりは僕の従姉がメグミだ。
3つ年上のメグミは体格もよく、いかにも田舎の子らしく良くやけた真っ黒な肌をしていた。都会(って言うほどホントは都会じゃないんだけど)から来た青っ白い僕のことを弟…と言うより子分のように可愛がってくれていた。
まだ暗いうちに「カブトムシ採りにいくよ!」と叩き起こされたり、家の前にある小さな畑からきゅうりやトマトをもいで食べたり…あれは美味かったな。
あとは、ばーちゃんが蒸してくれたとうもろこしを片手に毎日のように海に行っていた。
海では砂に埋められたりもしたっけ。強い日差しでくらくらして「…なんか目がチカチカする。」と言うと、メグミは「タツヤはモヤシっ子だから。…よわっちぃなぁ。」と自分の麦わら帽子を僕に被せて笑った。
あれは軽い熱中症だったよなぁ…。
海の中で足がつって怖かったこともあったなぁ。今思えば、小学生2人だけで海とか…ありえんな。
ーーーーーーーー
さて。
とりあえずドラゴンの好物を調べてみる。
…藍銅鉱と呼ばれる鉱物(藍銅鉱は別名アズライト)。他には…ツバメ、梨。
うん。梨だな。缶詰でも良いかな。
あとはロープか…ホムセンにあるよな多分。
「だいたい準備オッケーです」
…即既読がついて、ウサギが親指を立てているスタンプが送られてきた。
諸々の買い物を済ませて待ち合わせの高尾山口駅に向かう。そこから5分ほど歩くとケーブルカーの駅に着く。
「ケーブルカー乗る?」
「もちろん!」
…お手軽な登山だな。別に良いけど。
このケーブルカーに乗るのも久しぶりだ。忙しかった両親との数少ない思い出。
…メグミは…多分初めてかな。
「このケーブルカーってさぁ、日本一の急勾配らしいよ。」
「…。」
「天気が良いと、スカイツリーも見えるって。」
「…。」
「あ!降りたとこでビアガーデンやってるよ。ビール飲んだりする?」
「……。」
「…飲まない…ですよね。……なんか僕ひとりでしゃべってる?…はしゃいじゃってるみたいで恥ずいんだけど?」
「……あ、ごめん。寝てた(笑)」
「…寝てたんかーい!!」
約6分後、ケーブルカーは山の中腹にある高尾山口に到着した。
ーーーーーーーー
メグミと再会したのは、高校1年の夏休みだった。(中学時代は部活も忙しかったし、なによりさすがに1人で留守番できたから。)その年、伯母から夏休みの間バイトに来ないかと誘われたのだ。
「おじいちゃんももう良い年でねぇ。夏は忙しいから人手が欲しいのよぉ。バイト代はずむから!」
部活もバイトもやってなかった僕はバイト代に釣られて伯母の誘いに応じることにした。
「タツヤ!久しぶり!…なんかでかくなってない?」
短大に通うために都内で一人暮らしをしていると言うメグミも手伝いがてら帰省していた。久しぶりに見たメグミは思っていたよりも小さく細く、肩の辺りで切り揃えた明るい色の髪だけが当時を思い起こさせた。
「メグミは…変わんないねー。」
「えー。ちょっとは女らしくなったっしょー。…スカートはいてるし。」
「スカート穿けば女らしいって…。じゃあ何か?僕がスカート穿いたら女らしいか?」
「…いいねぇ、穿いてみなよ?似合いそう。」
そう言ってメグミは子どもの頃のようにイタズラっぽく笑った。
ーーーーーーーー
ケーブルカーを降りて、駅舎を出るとそこには食事処やお土産店が…
「ない…⁈」
…どういうことだ?あるはずの商業施設は跡形もなく、鬱蒼とした森の中に踏み固められた登山道が一本、緩やかに登って続いている。
「どうしたタツヤ?まさかホントにビール飲んで帰るつもりだった?」
「いや、そうじゃないよ。」
そうじゃないけど、もっと気楽なもんだと思っていた。
だって、だから…梨缶とロープしか持ってきてないし。
「…行くよ!」
薄暗い山道をずんずん進んで行くメグミを慌てて追いかける。
「あ!缶切り持ってきてない!」
「ん?缶切り?なんで?」
「いや。梨缶開けるのに。」
「梨缶?」
「あー…ドラゴンの好物なんだって。」
「ふーん…で?缶切りがないと?」
「……はい。」
「へぇ。ドラゴン、缶のまま食べてくれるかなぁ?ねえ、どう思う?」
「…ごめんなさい。」
「…嘘ウソ!私、十徳ナイフ持ってるから、大丈夫。」
爆笑しながらメグミが言う。
…良かった。
けど、十徳ナイフでドラゴン討伐って…考えたらちょっと笑えてきた。大丈夫なのか?まあ言うてもメグミについて行くしかないんだけど。
そのまましばらく進んで行くと不意に視界が開け、崖と滝が見えてきた。
…いよいよドラゴンがいそうな雰囲気になってきたな。
ーーーーーーーー
翌年の夏、また誘われて民宿を訪れるとメグミはいなかった。
「帰っては来てるんだけどね。体調悪くて病院行ったら、念のため検査しましょうって…。検査入院。」
その年僕は地元でバイトもしていたし、民宿も祖父母が引退して新たに人を雇っていたこともあり、繁忙期一週間だけの滞在で、そのままメグミに会うことなく帰宅することになった。
そしてその翌年は「受験生の夏!」ってやつで、夏期講習だの模試だのでバイトどころではなく…そのままなんとなく月日が過ぎた。
ーーーーーーーー
「…ガイドブックによるとあの滝の裏がドラゴンの巣みたいなんだよね。」
「ガイドブック?そんなのあるの?」
「あるよ。ほら見る?」
表紙に『神獣の咆哮を浴びよ★わくわくドラゴンツアー』とあるそれを受け取る。
「…ツアーってことは、ドラゴンと会えるのを売りにしてるんでしょ?討伐したらまずいんじゃないの?」
「え。でも…ほらここに『ドラゴン討伐コース』って。」
…確かに、「ドラゴン見学コース(ドラゴンの鱗のお土産付き)」「ドラゴン撮影コース(チェキプレゼント)」の下に「ドラゴン討伐コース(ドラゴンハンター証明書発行)」とある。
「あー……え?でもこれ上級者コースって…」
下の方に小さく「専門家もしくは経験者の同行が望ましい」って書いてあるし…。
「…で、あそこの平らな岩にドラゴンの好物をお供えすると出てきてくれるかもなんだって。」
メグミは僕の言うことを無視して話し出す。
「ドラゴンが出てきたら、私が正面で気を引くからタツヤは後ろからそっと近づいてロープをエイって!」
「エイってなんだよ。投げ輪?カウボーイかよ?…てか、何?捕まえるの?」
「できれば生捕りたいんだよ。…だって殺すの…かわいそうじゃん?」
「まぁ、それはそうだけど…。で、捕まえたらどうするの?」
「管理局に連れてって、証明書発行してもらったら…逃す。キャッチ&リリース?」
「…キャッチ&リリースて。釣りかよ。」
ツッコミつつ、梨缶を取り出し岩の上に置く。
「私が開けるから、タツヤは位置について。」
「了解」
…ほどなくして、滝の裏からドラゴンが顔を出す。
用心深く辺りを伺いつつ、岩に近づいて来る。
…思ったより小さい。体長…120cmくらいか?
ガイドブックには『成竜で体長160〜180cm』とあったから、まだ子どもなのかもしれない。
メグミがドラゴンの正面に立ち、笑顔で手を振る。
「怖くないよー!大丈夫。…お食べ?」
ドラゴンは一歩、また一歩と少しずつ進む。
………食べた!
「タツヤ!今!」
「……ふんっ!」
放り投げたロープがドラゴンの角を正確にとらえた。
ロープに繋がれたドラゴンはひとしきり暴れたあと、ふいに諦めたようにおとなしくなった。(暴れるドラゴンに振り回されヒザとヒジを軽く擦りむいたが、まあたいしたことはない。)
「ごめんね。ちょっと付き合ってくれたら、すぐ放してあげるからね。」
メグミは首もとを優しく撫でながらドラゴンに話しかける。
ドラゴンは理解したかのようにメグミを見つめ「キューン」と小さく鳴いた。
ーーーーーーーー
メグミが入院したと聞いたのは、大学2年の春だった。実は以前から通院を続けていたらしい。
「暇してるみたいだから、連絡してあげてよ。」
母に言われ、LINEしてみることにした。
とは言え、連絡先は交換していたものの高1以来だし…気まずい。
メッセージを入力しては消し…また入力しては消し…で2日ほど経った頃、当のメグミからメッセージが届いた。
「聞いた?たいしたことないから心配しないで!」
たいしたことないと言われても…結構長い入院になると聞いていた。
どう返信するか考えあぐねていると
「そんなことより、今度『ばけたま』行こうよ!」
幽霊の絵文字を添えたメッセージが届いた。
「ばけたま?何それ。どこにあるの?」
僕は、ひとまず病気のことは置いておくことにした。
「二子玉川。『ねこたま』とか『いぬたま』とかあったじゃん?あの跡地にできたやつ。妖怪とかお化けと触れ合えるテーマパークだよ。」
…知らないの?とでも言うように小首を傾げたウサギのスタンプが送られてきた。
…知らないな。…てか、あそこはだいぶ前になんちゃらっていうデートスポットになってたはず。
「お化け屋敷かなんか?」
「いや、違うよ。本物の妖怪に会えるやつ。」
「ほぉ。口裂け女あたりがアイドルで、サイン会とかやってくれるのか?」
「口裂け女は都市伝説だから…どうかな。でもルーツは妖怪らしいからいるかもねぇ。」
…これは…本気で言ってるのか?
…違うな。おそらく、いや絶対に暇つぶしに付き合わされてる。
そうだとしたら…
「へー。雪女と猫娘とでアイドルユニットとかあったらおもろいな。」
…メグミが言うことに乗っかっておこう。
「から傘お化けが傘回しをするショーはあるらしいよ。」
「それは見たいな。一旦木綿もいるかなぁ。」
「いるんじゃない?私は九尾狐に会いたい。」
ハートマークを添えたメッセージが届く。
「…はいはい。じゃあ退院したら行きましょう。」
「約束ねー」
「はい。おやすみ。」
「おやすみ」のメッセージとともにウサギがマクラを抱えたスタンプが送られてきた。
ーーーーーーーー
(「ばけたま」のあとは、ユニコーンの蹄の跡を見に行ったり、蓬莱の玉粉をスープに加えたラーメンを食べに行ったり…あと、なんだっけ…宇宙人ショーを見にも行ったな「スペースパーク デ ワレワレト アクシュ」とかね。)
…ダーンッ
遠くで響く(他のドラゴンハンターが放ったのであろう)銃声に驚いて、再びドラゴンが暴れ出し、遂には飛び立ってしまった。
「…さて、どうしますか?このままでは帰れないよ。」
白目を剥いたウサギのスタンプと一緒にメグミからのメッセージが届く。
(明日…いや、もう今日か…手術だってのに…少しは寝とけよ。)
心でつぶやきながら次のメッセージを入力する。
「大丈夫。こんなこともあろうかと、アズライトをママソンで買っといた!」
「アズライト?」
「ドラゴンの好物その2!これでもう一度呼び寄せるよ!」
…手術をしても完治するかは五分五分だし、うまく行ってもその後にも治療やリハビリが続くだろう。
僕にできることは何もないのかもしれない。
だからこそ今はただ、ともかくあのドラゴンを捕まえるしかないのだ。
(完)
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