第8話

 それは黄金色に輝く、この星の神秘の具現だった。宙に浮くそれは、到底人が扱える、見通せるものには見えなかった。だが、竜の身体から変換された星殻は、遥か昔から装身具や品へと変えられ、今も受け継がれている。

 星、竜、命と同様に、この学院創設時から存在する学閥——————誓の学閥の奥義だった。それは、多くの人に知られながらも、今まで自分は決して見る事の叶わなかった秘奥。まさか、この目で実際に見る日が来るとは、それどころか自分の手で叶う事になるとは思わなかった。今も宙に浮く星殻は、その力が分散せぬようにと、多くの誓の輪で抑えつけられ、常に光と影を発しし続けていた。

「美しいか—————あれがお前が仕留めた竜の星殻—————」

 彼の率いた隊と同行した誓の学閥の権威たちにのみ行使が可能な、この王国にのみ許された魔術。模倣などでない。真なる誓の魔術のひとつ。そして、その片割れ。

 それは、この世界との盟約を探究する学閥が、発生するに至った程の、古く、大いなる世界創造の魔術のひとつ。竜という強大な命が星に返ると同時に生まれる力を完全に掌握し、窮極の力を放つに相応しい品へと作り替える、鍛造技法の究極。

「俺も始めて見た時は脅かせて貰った。まさか、これほどの輝きを放つとは」

 イティルスが手を伸ばすも、途中で終えてしまう。

「輝きに惹かれるなど生物の性か。お前はどうだ、触媒にしたくはないか?」

「—————俺には惑星魔術が」

「使うたびに内なる宇宙、内なる海を捧げる魔術を、触媒もなく使い続ける気か?」

 そうだ。模倣魔術ならばいざ知らず、しかし、第三の月へと呼びかける、月の一射に並ぶ惑星魔術を行使するのなら、何かしらの代償が必要だった。それは、自分の、人間の力の限界を超えてしまう結果を求めるからだ。惑星魔術に類するものは夜にしか使えない大きな制約があるが、だからこそあそこまで強力に映る。そして、月への呼びかけなど、この星本来の摂理を書き換えてしまう程の、許されざる声だった。

「あれほどの力の貯蔵があれば、お前が生きている内は使い切れない—————何度でも扱える。竜を打ち倒せる程の力が」

「—————そう簡単なものじゃない」

 視線を外し、イティルスへと向ける。

「苦労を掛けたか」

「これが公務であり、俺の目的でもある。命の学閥ではあったが、今思えば誓の学閥に所属すれば、あれに近づけたかもしれない。まぁ、今となってはどうでもいい事だ—————着いて来い、お前に話がある」

 見せたい物も終わりだ、と言った感じに誓の学閥の広間から退室する。本来なら討論室でもある部屋から退室すると、そこには師が待っていた。だが、挨拶もそこそこに「私も呼ばれているのでね」と入室してしまう。やはり、竜の星殻など、まず以って、生涯に一度すら見れない機会であるらしく、多くの学閥の権威が入室していく。

「ここは変わらないな。自分の求めしか考えていない。しかも、他人が持ち運んだもので遊んでいられる。お前や俺のような実地側は異端なものだったな」

「学院に籍は残っているんだろう」

「あんなものは形式上だ。今更戻って来られても、ただただ邪魔だろう。俺も、今更研究職になど戻る気もない。なおも必要になったのなら、俺の為に部屋を用意させる」

 青のコートのみだが、腰に佩いた剣を揺らして共に歩く。これがローブであったのなら、本当にあの頃に持ったようだった。命と星という、近くもあり遠くもある学問の中、必ず起こる出会いに苛まれてしまった関係だった。

「星殻を見せる為に学院に来たわけじゃないだろう」

「当然だ。俺も、まさか自分の手柄のように見せる為ではない—————アレが見つかった」

「—————まさか、本当に」

「俺達が求めた魔獣、いや、魔獣としか形容出来ぬ命だ—————痕跡でしかないがな」

 彼がそんな実体もないものに望みを託すなど、彼を知る者ならば信じられない事だっただろう。けれど、命の学閥に所属し続け、アレを求めるあまり度々遠出していた彼を知る、欲望の根源を知る自分ならば、あり得ると推察してしまった。

「全く。竜に魔獣、騎士団長が死亡して以来、よくよく俺の食指を煽らせてくれる—————それとも、あの準騎士が城に入ったからか?」

「………ああ、俺も我が妻と出会わなければ、王都近辺に竜がいるなど考えもしなかった。けれど、ルゼリアとあの預言者にはふたりだけの契約があるそうだ」

「契約か。まさか、お前と婚約する事も契約のひとつか?」

 ルゼリアとの婚約は——————正直、いつどんな形でそれが定まったのか、俺には分からない。ルゼリアと初夜を迎えた後、彼女から婚約者と呼ばれ、自分もそれを当然と受け入れてしまった。生涯を誓い合った仲なのだ、婚約など楽なものだ。

「………始まりはそうかもしれない。だけど、俺は真に彼女を愛している」

「変わったな。いや、変わらないか。お前とあの師との関係も、結局は流れであり時間の問題だった。口に出したくはないが、運命というものがあるのなら、お前はよくよく運命に翻弄されるらしい。俺には降りかからない力だ。なんとも味気ない」

「運命、か。そうだ、お前はいつだって自力で道を拓いて来た。俺とは正反対だ、俺は常に流されて来た。師との時間だって、師が選んでくれたからだ。家を出奔するなんて、当時の俺では考えも付かなかった——————」

「ああ、出会ったばかりのお前は空虚だった。つまらないと何度思ったか—————だが、お前は誰よりも運命の渦中におり、誰よりもそれを掌握し、自分の血肉としていた。お前に巻き込まれる日々は、俺にとって悪くない日々だった」

 やはり、自分の前では常に楽し気だった。そして、しばらく学者や学生、翠の結晶の最中を歩き続けると、懐かしくも忌々しい命の学閥の談話室前まで到着する。

 誰に許可が必要かと、語外で示す通りに開け放ち、無人の部屋へと歩みを進める。そして、あの頃と同じように椅子に腰掛け、前に座れと対面を指示する。

「マイス、否、マイス卿。あの命の探索について意見を聞きたい」

「—————俺の所感でよければ」

 学院であろうと騎士団内であろうと誰もが恐れ慄き、道を常に開け続けたイティルスという男と対峙する。自分でさえも威圧感を覚えるほどの眼光だ。

「俺達が出会ったアレ—————名を付けられる筈もないが、少なくとも今までの探索や外征で出揃っている手記に同様のものはなかった。人に似た何か————」

「そうだ、アレは人にこそ見た目は似通っていたが、俺達とはまるで違う存在だった。酷く美しく、酷く不気味であった——————そして、俺達を凌駕する力の持ち主。あんなものが、どうして今まで誰の眼にも触れられず生きていられたのか、甚だ疑問だ」

 自分とイティルスで、学院から、王都から外へと数度旅立った事があった。無論、今こうして学院にいるのだ。無事に帰還が叶っている。危うい場面こそあったが、それでも五体満足で目的の品を入手し、それぞれの研究や探究の糧にして来れた。

 だが、一度だけ、それが叶わなかった事がある。人に似た、あの何かの所為で。

「命の派閥にて、書庫や手記を全て検索したが、どれとも該当しなかった。お前も同じだったな?」

「ああ、俺も星の派閥で、師の力も借りて調べ尽くした。だけど、無かった」

「なれば、アレをどう判断する」

「—————所詮勘だが、アレは今までこの星にいなかった何かだ」

 この言葉にイティルスは視線を鋭くする。

「俺達が求めた物質———————この学院でさえ入手が叶わない、星の血の結晶体。あらゆる命の始まりから終わりまでを記す、記憶と観測の集合体」

「嘘偽りと思っていたが、あるのならと出向いたな」

 真偽のほどはわからなかったが、もし手に出来たのならイティルスは、この学院を去らなかったかもしれない。深い聖堂と呼ばれる、何を祀っているのか、今を以っても判然とされない遺跡の奥底にて、自分達はそれを見つけた。だが、一手遅かった。

「—————今までこの星にいなかった、そう言ったな」

「お前も、勘付いていただろう。アレは、俺達とは違う時間の流れにいた。身体こそ持っていたが、傷つけるはおろか、正確に視認する事も出来なかった—————別の星の生命体。或いは、ただの情報体かもしれない。どちらにせよ、この星の命しか知らない俺達では、捕らえる事も始末する事も出来ない」

「——————別の星より飛来した存在か。ならば、何故お前の惑星魔術が通じなかった」

「傷、という概念自体がないのかもしれない」

「何?」

「俺達、元人間であれ、身体の損傷は死に直結する。なら、身体の損傷をしなければ死ぬこともない。—————言ってしまおう、死という終わりを超越した存在。星々を巡るのなら、寿命なんて持っていられない。あるのかもしれないが、俺達にとって永劫にも通じる時間の持ち主。結論的には、宇宙を彷徨っても擦り切れない何かで生命を包み込んでいる」

「俺達にとっての物理的な攻撃など、既に進化の過程で終えている。否、そもそも攻撃というそれすらアレには意味のない行為か。視認という、俺達からの観測など望める筈もないという事か」

「ああ、アレは俺達とは幾つも次元の違う生命体。星の血の結晶体を物理的に求める為には、物理法則に従うレベルまで次元を低下、触れられる低層にまで落とさねばならない。もしかしたら、アレは、既に俺達の目の前にいるのかもしれない。ただ見えないだけで、ずっと俺達を監視しているのかもしれない」

「………」

 イティルスという命の学閥の筆頭を張っていた彼だからこそ、こんな荒唐無稽な話を親身になって聞いてくれている。この学院の者であろうと、狂ったのかと鼻で笑う自論だった。だが、もしこの星にずっと昔住んでいるのなら、この星の資源を使えるように進化し続ける筈だ。ならばアレはどうして星の血の結晶体など求めた。

 希少な結晶体など必要のないように進化すればいい。なのに、アレは求めて奪い去った。

「別の星からの簒奪者か。面白い」

「痕跡があると言ったか」

「所詮噂だが、確かにそこにいるのに見えないと抜かす報告が上がっている。なのに、顔や身体はひどく美しいとわかると。おかしな話だ、泥酔者の幻覚にも劣る」

「………探すのか?」

「今は星殻を王都にて守るが役目だ。騎士など、暇人どもの巣窟と思ったが、俺にばかり命令を下す。だが、これが終われば、再度遠征の指令が下るだろう——————その時、アレを探す時間が手に入る。俺の目的に叶うやもしれぬ、アレが」

 イティルスは、心底楽し気だが、もしそれが叶ったのならどうするのか。

「——————捕らえるのか」

「さてな。だが、ただ運命に任せて時間を浪費するのは、俺の性に合わない—————それに俺も勘だが、アレは求めなければ出会えないとわかる。そして、その時は遠くないと告げている。命の探索、久しくしていないが、今ならば」

 野性的な笑みを浮かべ、見つめられる。

「忘れていないな。マイス、お前は俺に借りがある」

「イティルス、お前も俺に借りがある」

「ならば、その時がくれば手を貸して貰おう。その時までに、お前の惑星魔術の触媒を探し出してやろう。だが、それが叶ったのなら」

「ああ、幾らでも手を貸そう」

「—————良いだろう」

 お互いに立ち上がり、目を合わせる。彼は危険だ、必要とあらば目の前の自分すら切り捨てる覚悟も腕も持つ彼だ。その気になれば、聖印の騎士の席など、幾らでも手に出来る筈だ。騎士団長とその片割れが死したように、幾ら王の剣であろうと、死ぬことがあるのだから————どのような理由であれ。

「次は叙任式で顔を見せて貰う。それまでに、剣のひとつでも振れるようになる事だ」

「俺に剣など相応しくないと、お前が言った筈だ」

「確かにな。お前に剣など不要だが、夜にしか使い物にならないなど、目を覆いたくもなるものだ。せめて、嗜み程度には扱える腕を持つ事だ。お前の妻に恥をかかせるなよ」

 そう言って、談話室から退室して行った。彼は、自分の目的さえ叶えば、それ以外はどうでもいいと捨てられる人であり、同時に無様を晒すのを死よりも嫌っていた。

「騎士などと言っていたけど、イティルス、お前は騎士の誓いを守っているよ」





 学院を辞した後、誰に言われるまでもなく騎士団の本拠である城であり砦に戻って来たが、未だにルゼリアは聞き取りの最中との事だった。暇を晒すのも騎士にあるまじきと思い、試しに影に成っている所で剣を引き抜いてみる。だが。

「痛い………」

 完全なる鉄製の頑丈な握りは、ただ強く握り締めるだけで指と手の骨を削られるような気がした。いや、気ではなく手の肉を圧迫し、ごりごりと骨へと直接振動を与えてくる。握るだけでこれなのだ、もし木人形に振り下ろせば、手が裂けてしまう。

「まずは木剣で素振りの練習か………」

 せめて、握りを何かで覆えればいいのだが、準騎士の剣など大量生産品。誰でも扱える事を念頭に置いた、簡素で平均的な一振りでしかない。自分の手に合うように作り出して欲しいなど、わがままにも程がある。手になれさせるしかない。しかも。

「………俺ももうすぐ騎士になる。もっと重く幅の広い剣を与えられる」

 あの騎士団長の剣などいい例だろう。自分やルゼリアが腰に佩いている剣よりも高純度であり、切れ味、強靭性などを高めた、重量を持つ騎士の剣。

 この王国の騎士の剣にはある特殊な技法が扱わている。王家からの命令で、あの翠の結晶を柄に組み込ませ、刀身に命を吹き込ませている。つまりは、樹木のように自力で成長し続け、例え欠けても修復していく無尽蔵の力。準騎士には与えられない。

「使い続ければより強力な剣になる。だけど、最初はただの鋼でしかないか」

 それでも、ただの剣よりも貴重で強力である事は間違いない。与えられたのなら、自分の惑星魔術のひとつである、月の光を付与すれば、更に軽々と首を落せる。

「——————俺は、それ以前の問題か」

 剣を腰に戻し、尖塔へ戻ろうと踏み出すと—————あの準騎士が数人といた。

 正直、顔を合わせたくなく、去るのを影で待つ。なればこそ、どうしたって聞き耳を立ててしまう。盗み聞きなど、騎士にあるまじきだが、自分はまだ騎士ではない。

「あの女、ルゼリアだったか」

「準騎士の分際で王都に屋敷など。どうして、団長殿はそれを許したのか」

「我らだって竜がいると知っていれば、すぐさま退治に向かったというのに」

 さもありなん。確かに、ルゼリアは今も準騎士の扱い。騎士の隊に入り、その指令を待ちづつけなけばならない。なのに、葬列で宣言をし、名馬を与えられ、勝手に竜に挑んでしまった。本来ならば除名すら視野に入る身勝手さだ。あのイティルスでさえ、準騎士の間は大人しく命令や指令に従ったらしいのに。

「しかも、竜の星殻を鍛えられた『星の雫』を授けられるだと?我らを侮辱しているのか。その上、聖印の騎士の席すら欲するなど、騎士にあるまじき欲望だ」

「そして、あの学者風情にも騎士の位が叙任されなど、到底看過できぬ」

「………けれど、俺達も所詮は準騎士。どこに直訴出来ようか」

 どうやら、まだまともな頭を持っていたようだ。そして、どうか気付いて欲しい。その嫉妬や嫉み、その感情は騎士にあるまじき物だという事を。

「——————まだ、あの女は準騎士の位だ。もし、騎士に相応しくないと判断されれば—————或いは—————」

 ようやく、空が朱に染まり始めた。夜がもうすぐ訪れる。

「けれど、夜襲など騎士として」

「これは騎士としての名誉ある問答だ。そして、騎士ならば一騎打ちを持ちかけられれば、断る事も出来ない。あのイティルス卿すら受けた。ならば、我らも」

「………ああ、それしかない」

 あのイティルスとは、彼もなかなかに恐れられていたようだ。けれど、彼の性格からして、例え格下であろうと挑まれたのなら相手のひとつもするだろう。時間の無駄だと跳ねのけられたとしても、己が武功を誇れるのなら、それも一興と考えて。

「ルゼリア、あの準騎士は確か騎士団長と————」

「まだ、あの塔にいる筈だ。急がねば」

 そう言って、尖塔を目指して去っていく。もうすぐ夜だが、まだその時刻には達していない。騎士の一騎打ちなど、相場が決まっている。槍を持ち、馬に跨って打ち合い。同時に打ち合う以上、槍が折れもする。けれど、ルゼリアにはまだ馬はいない。

「—————剣での斬り合いが相場か」

 本来ならば、槍での突き合いをした後、落馬すれば、その方の敗北ではあるが、どうしたって槍が折れてしまえば、馬上での殴り合いなど醜く見苦しい。

「ルゼリア、どうすればいい」

 影から中庭に歩み出し、城と砦の間に高くそびえる尖塔を眺める。騎士に与えられた本拠地では、今頃、あの準騎士達が駆け上がっている筈だ。動く部屋の使用は、自由ではあるが格下の彼らが率先して扱う事は、どうしたって憚られる。

 けれど、尖塔を駆け上がれる程の体力があるのならば、一騎打ちなど幾らでも続けられるだろう。例え、その相手が年下の少女に向けられるものであろうと。そして、もし騎士団長の前で決闘の申し込みをしたのなら、彼女は断る事など出来ない。

 —————それが、三戦連続の卑劣な戦いであろうと。

「—————俺には何が出来る」

 煌々と赤く染まる空には、もうすぐ夜の闇が訪れる。それは、誰に対しても平等の恐怖であり、星と月が誰をも照らし出す。決して、手を貸さず、ただ見下ろすのみである。けれど、月の光を彼女に預ければ、騎士の鎧であろうとやすやすと両断出来る。

「だけど、彼女はそれを望まないだろう」

 高潔な騎士を目指す彼女であれば、例え勝利しても命までは奪わない。そして、ひとつの条件を付ける。例えば治める土地の分譲、城の明け渡しなど。一騎打ちとは騎士にとっての収入源でもあると聞いた。だが、今の我々にはそれでは割に合わない。

「金も屋敷も、未来もある。本当に、騎士の名誉しか守れない——————」

 自分ならばくだらないと、断れる。だが、彼女は—————。





 想像通りだった。中庭にて、ルゼリアに対して三人の準騎士が揃っていた。哀れにも程がある。一騎打ちなどと抜かしておいて、それぞれが終わり次第、すぐさま別の剣を向けて挑むなど。騎士の風上に置けるものではない。吐き気も催す光景だった。

 しかも、当の三人の準騎士は、いかにも真面目な面構えをしている。恐ろしくも、これが本当に正しい行いだと信じ切っている。毅然とした態度を一切として緩めない騎士団長すら、心底呆れていると顔で物語っている。他、騎士達も同じだった。

「準騎士ルゼリア、貴殿に決闘を申し込む—————」

 歓声を上げるのは、同じ準騎士達。一定の位を叙される程の隊を預けられる騎士は、何を言っているのかと、溜息すら漏らしている。だけど、決して止めない。

 視線だけで騎士団長へと視線を向けると、口を真一文字に閉じて頷いてくる。

 もはや、止める事すら出来ぬほどに、呆れ通しているという事。しかして、決闘の手順に則っている以上、ルゼリアが断らない限り、介入も出来ないという意味。

「貴殿は竜を討伐したと、首を持ち帰り宣言した。だが、それで騎士の高潔なる魂に相応しいとは限らない。よって、これより貴殿とは剣で語り合うとする」

「—————竜狩り以外で、どう証明しろと—————」

 背後のひとり。背の高い男性の騎士が呟く。そして、隣へと歩み寄って来る。

「マイス卿、貴殿がルゼリア卿の婚約者であったな。どう見る?」

「………言葉もありません」

「同感だ………」

 くだらないと思っていても、それを理由に去るには騎士団所属の名は安くはなかった。その上、もうすぐルゼリアに対して騎士の叙任式が執り行われる。彼女の実力を知る上でも、足を運ばざるを得なかった事だろう。婚約者ながら、頭が上がらない。

「そして、この場にいる大勢が貴殿への『星の雫』の譲渡にも疑問を呈している。例え、竜の首を持ち帰り、竜の身体が発見されたからと言って、それで貴殿が竜狩りを為したとは思えない!!どうだろうか、諸君!!本当に準騎士ルゼリアは竜を討伐したと思えるだろうか!!!」

 そう高らかに宣言すると、おおよそ燻っていたらしい準騎士達が声を張り上げる。

「—————今後の修練に身が入りそうな光景だ」

「あなたが直接?」

「自己修練にも限界があると思い当たった次第だ。身体は鍛えられても、心は養われないらしい。騎士道物語のひとつでも歌い上げて示すべきか。それとも準騎士以下に落して改めて家々に返すべきか。騎士の位にばかり目が行き、本来の役目が見えないとは—————どうにも放任的に成れない。しばらく時間を割くべきであろうな」

 白銀の胸当てと青いコートで腕組みをする、その騎士が騎士団長のいる対岸へと人々の中を使って歩いていく。中央にはルゼリアと件の三人の準騎士、ならびに見届け人である外部監査の騎士。そして、もうひとりの女性の騎士が立ち上がっていた。

「ルゼリア卿、眼前の準騎士達は、それぞれ貴殿に決闘を申し込んでいる。いかように?」

「受けましょう」

「………三人が、申し込んでいます」

「はい、構いません」

 そう言うだろうとは思っていた。きっと前々から結着を付けなければと、考えていたらしく迷いもなかった。その宣言に、再度準騎士達以下が声を上げる。その一歩も退かぬ姿だけで、ルゼリアは騎士の誓いを掲げるに相応しい輝きを放って見えた。

「良いでしょう。決闘を受任します————その方達も、それでいいですね」

「ええ、勿論でございます!!」

「………ああ、今はそういう時代なのですね」

 呆れを通り越して、諦めてしまったらしい。女性の騎士は外部監査の騎士に視線を移すと、外部監査の老齢の騎士も、頷いて中央から下がっていく。騎士の剣の一騎打ちに置いて、殺生にまではなかなかに発展しないと聞き及んでいる。事実上の屈服、敗北を認めさせて、勝敗が決するのが大方の流れであるらしい。中には相当な恨みの元、または敗北するくらいなら、と死を選ぶ者も過去にはいたらしい。

 そして、勝負をするのだから掛け金が必要だった。それは、当事者が決める。

「準騎士ルゼリア、貴殿には与えられる『星の雫』を渡して貰う」

 馬鹿馬鹿しく愚かしい。『星の雫』など、この星を見渡しても数える程もない宝物そのものである。それを、こんな騎士団の中庭で執り行う決闘程度で渡す?話にならない—————けれど、ルゼリアはそれに頷いてしまった。

「わかりました。私が敗北するのなら渡しましょう。あなた方も、それいいでしょうか」

「これは、ひとつの賭けでしかない。一度負けたのなら『星の雫』。二度負けたのなら屋敷の明け渡しを。三度負けたのなら永遠、一生の恭順の誓いを」

 思わず月へと呼び掛けそうになった。恭順の誓いとは、軍門に下る事を意味する。ルゼリアを事実上の奴隷扱いする、と宣言している。騎士である以上、ある程度の慎みを持つではあろうが、もうすぐ自分よりも格上に成る相手に、そんなものを求めるとは、やはり彼らは騎士の風上に置けない。割に合わないにも程がある。

「—————それは私を」

「我らは騎士である。それを破るという事は、騎士の名誉にかけて許されない————既に承諾したのだ。逃げるような真似はしないであろうな」

「—————ええ、良いでしょう」

「待ってくれ」

 流石に、恭順の誓いとあっては黙っていられない。彼女は、自分の婚約者である。

「学者、何用か。これより我らは」

 構わずに中庭中央へと渡り、ルゼリアへと歩み寄る。

「マイス」

「ルゼリア卿、貴殿はこのマイスと婚約をしている。勝手に恭順の誓いの賭けなど許されない。もし、許すのなら貴殿の婚約者に許可求めるが筋ではないだろうか」

「………しかし、私も騎士のひとり。申し込まれたのなら受けて立たねば」

「その時、彼らに何を求めるか。彼は準騎士。治める領土も財貨も多くは望めない————これは罠だ。しかも、三度も決闘を繰り返すなど、到底承服出来るものではない。言ってしまおう、割に合わない決闘はするべきではない。彼らは、貴殿が剣を合わせるに値しない」

 そう言い放つと、三人の準騎士の視線が、こちらへと向けられる。

「————学者。我らの騎士の名を侮辱するか」

「先に婚約者を侮辱したのはあなた方だ。このような場を作り上げ、寄ってたかって財産を寄越せだと?しかも三人連続の決闘?笑わせてくれる。見るがいい、自身の姿を。一度二度と負けようと、『星の雫』だけは奪おうと躍起になる自身の欲塗れの剣を。騎士の誓い?名の侮辱?もっとも自身を辱めているのは、自身ではないか」

 振り返り、ルゼリアを背中で守りながら返す。だが、彼らにはこの言葉が頭に入らなかったようだ。自身の矛盾よりも、衆人環視の元、侮辱されたように見えたのが我慢ならないようだ。名乗りもせずに剣を引き抜き、睨みつけてくる。

「学者、ならばお前が我らと剣を交えるか」

「時間の無駄だ。受けるに値しない」

 ルゼリアの手を引き、砦の門を目指す。抵抗してくるルゼリアだが、構わずに進み続ける。これならば、婚約者が許さないという理由が生まれる。ルゼリア卿は受けて立つと言ったが、この臆病な婚約者がいる所為で実際には受けられなかったという。


 

 

 

 

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