第4話

「まずは使用人を探しましょう」

 鎧は身に着けず、青いコートのみを纏っている彼女はそう告げた。

「この屋敷を使うのは、今は私達のみですが。客人や要人を招いた時、使用人のひとりも居らず、お茶の用意まで自分達でしては不格好です。私達の沽券にかかわります」

「ああ、その通りだ。だが人を雇うとなるとそれなりのまとまった資金が必要だ。誰でもいいと募集をするのならまだしも、屋敷の世話が出来る程の技量を積んだ使用人を雇うのなら商会を頼る事になる。仲介手数料、使用人の給金、生活必需品に食費、諸々かなりの額になる—————考えがあると言っていたか」

「はい。幾つかですが、当てがあります」

 白い髪を流したルゼリアが執務室のデスク備え付けの椅子に座り、自分を見上げていた。屋敷の主然とした、とても素晴らしい姿だった。美しく自然体、けれど強固な隙のない姿には、玄関の大広間で震えていた姿は見受けられない。

「まず私達の状態を確認します。私はいまだ準騎士であり竜殺しの話は出回っていません。けれど、屋敷を与えられた、れっきとした騎士団所属の騎士です」

「俺は学院から出向を推奨され、自分から選んだ一時的な準騎士。遠からず騎士の叙任もされるだろうが、どちらかと言えば、まだ学者の身分」

「はい、どちらも半端者で、信用に足り得る存在ではなく、王都内の商人も銀行家も融資など許さない事でしょう。けれど、私達には差し迫った問題もあります—————登城を命じられた時、馬の2頭もいないのでは話になりません」

「確かに馬は必須だが、ならなんでまずは使用人を?」

「使用人の世界はとても広いのです。あなたの言う通り、確かな技術を持つ使用人でなければこの屋敷の世話など出来ません。だけど、確かな技術を持つ使用人を雇う事が出来れば、同じ商会に所属している使用人—————有力な牧場を持つ領主、地主に雇われている使用人との交流を計れ、若い力強い馬を探す事も容易にできます」

 真っ当な計算だった。確かに使用人と一口に言っても技量や技術においては千差万別。だが、一口に使用人と呼ばれている以上、使用人の斡旋をしている商会は多くの使用人を紹介出来るだろう。そしてひとくくりにされている使用人達の輪を頼れば、馬を出荷している牧場を営んでいる地主とも関係を計れる。

「わかった。その案に賛成だ—————だが、どうしたって金が必要だ」

「はい、そしてそこに戻ります————私達の状態は先ほど話した通り、到底真っ当な事業を展開している商い人には、相手にもされません。ならば簡単です—————真っ当な商いをしていない者達を捕まえて兵舎に送り届ける」

「—————意外だ。そんな賞金稼ぎと関わるなんて」

「騎士として王都の秩序を維持するのは不思議な話ではありません。それに昼に捜査し、夜に捕まえれば、あなたの力も十全に発揮される。賞金首と手配書が出回る程の犯罪者ならば、夜を常にしている筈です。まだいくつか案はありますが、早くこなせばまとまった資金も得られます。騎士の誓いにも反せず、学者の身分でも行える————あなたはどう思いますか」

 確かに、手っ取り早く金を稼ぐから賞金稼ぎはいるし、賞金首の制度がある。もし返り討ちにあっても賞金稼ぎなど、賞金首自身とそう変わらない生活をしている。共倒れになってくれるのなら賞金も払われず、王都の浄化も出来て都合が良い。

 だが、騎士が金目当てに賞金首を求めるなど、外聞上決して良くない。それに賞金首がいる地域など薄汚れた土とヘドロ塗れの区画。王都でもあるが『裏街』と名指しされた、長らく王都に住んでいる者さえ近づかない忌み嫌われた場所。

「裏街に鎧で行く気か。数で囲まれれば身動きが取れない」

「いえ、鎧では行きません。身分を隠して向かいます」

「本気か?身分を隠して賞金首を兵舎に引き渡すなんて。もし知られたら」

「兵舎での引き渡しに身分など問われません。手配書こそ出回っていなくとも、裏切って賞金首になった身内を突き出す光景はよくある筈です。私達は半端者、ある意味賞金首とも賞金稼ぎとも重なる扱いです。けれど、騎士の叙任式が執り行われてしまえば、賞金稼ぎすら出来なくなる。主たる事業も領地の税金もない私達では、装備も馬の購入費も賄えない。悩ましいですが、今この瞬間しか多く財貨を得る時間はありません—————私達に今あるのは、半端な身分と僅かな時間です」

 彼女の顔は真剣そのものだった。きっと幾日も考えて、昨日の情事の後も考え出して口にした案なのだろう。ならば、無下に出来ない。自分も真剣に考えるべきだった。そして、しばらく無言を通した後、それしかないと頷く。

「ああ、賛成だ。それしかない。だが、矢面に立つのは俺だ、そこだけは譲れない」

「………理由は」

「ルゼリア。君の容姿は目立ち過ぎる。しかも女の賞金稼ぎなどまず以って見ない。竜を討伐した君が裏町のごろつきに負けるとは思わない。だが、あそこを身分を隠した騎士である君が歩く事は看過できない。裏街への捜査、賞金稼ぎの捕縛も俺がやる」

「それではあなたばかり」

「恐らく、賞金首はまずは敗北すれば一時でも大人しくなる。だが、常に逃走する瞬間を狙っている筈だ。むしろ、その瞬間こそが賞金首が賞金首である由縁だ。顔を見られているからこそ手配書が出回っている。捕まえる事は出来ても兵舎まで送り届ける事は難しい。仮に兵士を呼び出せても、それでは満額は受け取れない——————俺が裏街から引きずり出すから、ルゼリアと一緒に兵舎まで移動させる」

 これも想像でしかないが、ひとりで裏街から引きずり出した後、もうひとりが後から合流した方が心理的な圧迫が出来る。しかも、ひとりしかいないから出来ると踏んでいた逃走計画も、もうひとりが追加されれば計画の破綻や再計算が必要になる。

 混乱しているうちに速やかに兵舎まで送り届ける。理想はこれだった。

「でも、あなたは剣を使えません」

「………痛い所を突くか」

「すみません。でも、事実です。剣を使えない以上、直接的な戦闘に成った場合、一撃を加えて逃げられてしまうかもしれません。そうしたら二度目はまず巡って来ないかと」

「………俺にもいくつか案がある。まずは—————」

 そして、いくつかの取り決めや作戦を話し合った後、まずは私服。ルゼリアには目深なローブを被らせて兵舎まで赴く事にした。



「賞金首—————」

 兵の詰め所であり、兵舎でもある拠点。騎士と学院、王家が最大の権力であると言われているが、王都の警備や巡回、犯罪者の直接的な捕縛などは兵士が仕事のほとんどを占めていた。事実上の第四の権力組織であり、王都民もそう扱っている。

 兵舎の受付窓口に断りを入れて、手配書の見物をさせて貰う。手配書が記されている事はある。最低でも一般的な市民の数か月分の収入が記載されている。賞金稼ぎなどという稼業が浸透している筈だ。数日の張り込みで捕まえられれば、こんなに楽に稼げる仕事はない。数人で挑んだとしても、しばらくは遊んで暮らせる。

「信じられません。最高額を見て下さい」

 賞金首の手配書が張られている掲示板の左端。古株であろう事が予想される手配書は、王都で家の一件すら軽々と購入できる額が記載されている。もし地方であれば豪邸が立てられる土地を一括で買い上げられる程の額。手の伸びない額なのに、手を伸ばせば届いてしまう感覚には、眩暈を起こしてしまう。これは中毒になってしまう。

「もし全員捕まえたら、私達はどうなってしまうのでしょう」

 目を輝かせながら呟くルゼリアには悪いが、そう思う人間がいるから、賞金首という制度、並びに手配書が出回っているのだろう。しばらく眺めていると、後ろから声を掛けられる。声に従って振り向くと、いかにもごろつき、おおよそ賞金稼ぎが立っていた。

「お前達も稼ぎを狙う口か?」

 冷たい印象などなく、むしろ友好的な豪快な笑みを浮かべる男性だった。けれど、察しも付いた。彼は、必要があれば人を切れる存在だと。第一印象でしかないが、賞金稼ぎなどしている以上、賞金首自身と同じような生活をしているに違いない。

「ああ、これから狙う相手を探している」

「にしちゃあ、ひょろいな。結構いるんだぜ、後がないから賞金首でひと稼ぎって考えてる貧乏人がよ。もう金が貰える気で、メシを選んでる連中もよ。腹を膨れさせる事すら出来ない奴が、こんなろくでなし共を捕まえる事なんて出来る訳ないのによ」

 なかなかに正論だった。確かに賞金稼ぎなど強靭な身体が必須だ。そんな身体すら用意出来ない人間が、誰かを捕まえる事など出来ない。知らないだけで賞金稼ぎも意外と裕福な家がなければ成り立たない職業なのかもしれない。

「あなたは賞金稼ぎが長いのか?」

「ああ、というか賞金稼ぎでしか食った試しもねぇえよ。だから、なんとなくわかるのさ。こいつらの考えている事が。どこでなら隠れられるとか、どこでなら見つからずに色々やれるとかな。俺の勘は当たるんだぜ、そこいらの占い師なんて屁でもねぇ」

 その単語に隣のルゼリアが俯いたのがわかる。

「狩人みたいだな」

「おお、そう言われると悪くねぇな。だが、俺も生活が懸かってるんでな。同じ獲物を狙う事になっても手は抜かねぇぞ。まぁ、じっくり睨めっこするこった。新人共はいっつもそうして獲物を逃し続けるからなぁ。俺は足で稼ぐ狩人なんでな」

 一目で狙うべき対象を見定めたらしく、すぐに背を向けて手を振って出て行ってしまった。あれは確かに狩人だ。長年の経験と実績に裏付けされた目利きには、その道のプロフェッショナルを感じさせた。彼の言う通り、いつまでも手配書ばかり見ても変わらなかった。ひとまず最低額の手配書に目を付けて、受付窓口へと向かう。

「あの手配書。一番低い額の」

「新人にはそれが良い。だが、あれは額こそ低いが、手練れでもいつまでも捕まえられない奴だ。精々足元すくわれないように気を付けろよ—————ほら、詳細だ」

 そう言って渡されたのは手配書の詳細な情報の複写だった。やせ細った男性の似顔絵描きを表紙に、最後に見かけた場所、名乗った名前の数々。行った所業まで事細かに記載されている。正直、ここまで知られているのなら兵士自身が捕まえても。

「侮ってる顔だな。新人共は揃ってそんな顔をする、見ていて飽きねぇよ。忠告しといてやるよ、そいつは顔を変えられるらしいぞ」

「顔を?」

「ああ、顔だ。なんでも追い詰めて肩を掴んだら別人、間違いかと思って逃がしたらその顔になってとんずらって話が何度もされてる。俺も実際に見た訳じゃねぇんだが、本当に一瞬で顔を変えて人混みに紛れるそうだ。ほんとかどうか知らねぇがな」

 話は終わりだと、手で追い払われてルゼリアの元に戻ろうと視線を向けると、そこにはルゼリアに対して別の男が後ろから話し掛けていた。一瞬で理解した、不味い状況だと。駆け足で戻るも、時すでに遅し、フードを後ろから握られて髪を晒される直前だった。ルゼリアを後ろから抱きしめるように被さり、男の腕を振り払う。

 どうにかフードを掴み直し、髪を晒す事を防ぐ。

「あ?」

 腕を外されたのがよほど気に障ったらしく、ルゼリアから自分に対して襟を掴み上げられる。先ほどの男性よりも腕は細いが、それでもこの男も賞金稼ぎだった。腕を振り払うべきと腕を握りしめるも、踵が浮き上がってしまう。

「テメェ、邪魔しやがって————ただじゃおかねぇぞ………」

 竜を討伐した自分が、こんな人間ひとり振り解けないなんて、なんて無様だ。まだ時刻は昼であり夜ではない。魔に連なる者の力も行使出来ず、壁へと押し付けられる。

「聞こえてんのか!?あ!?」

 ここは兵舎。犯罪者を牢に送る前段階の作業を執り行う施設でもある。けれど、こんな事は日常茶飯事であり、新人歓迎など一種の風物詩なのだろう。鼻で笑うばかりで兵士も周りの賞金稼ぎも止める事をしてくれない。このまま流れに身を任せるしか—————。

「は?」

 一瞬だった。一瞬で腕を掴み上げていた男の腕が関節とは違う方に曲げられ、男が宙を舞う。首から落ちた男は何もわからないと言った感じに、そのまま動かずただ————自分の腕を捻り上げて床に落とした目深なローブを纏ったルゼリアを見つめている。そして壁からの拘束を抜け出せた自分の腕を引いて、走り出してくれた。



「本当に昼では、ああも弱いのですね」

 裏街には自分が入ると宣言したというのに、それに入るどころか兵舎での小競り合いすら往なせなかった。ルゼリアがいなければどうなっていた事か。

「けれど、納得しました。あれほど絶大な力を昼夜問わず使える筈もありません—————夜にしか使えない魔術。それに全てを捧げた結果、惑星魔術という頂きに至った。けれど、惑星魔術の模倣ならば昼でも多少は使えるのでは?」

「………多少だよ。本当に多少だけ………」

「まさか、明かりを付けられる程度とは—————」

「いや、もう少しだけ扱える。剣に光を灯す力、あれぐらいなら扱える」

 本来の惑星魔術の規模から考えればあり得ない弱小さだった。剣に月の光を灯し、光の循環を模す事で刃を広げ、切断力を光の瞬きのままに—————光が当たる範囲ならば貫通、切断と同じ結果をもたらす事が出来る。だが、刃を広げる事は出来ない。

「—————よく自分が矢面に立てると言えましたね。身分どころか剣すら隠している私にさえ届かないでしょう。案にいくつかがあると言われても信じられません」

「………否定できない」

 確かに自分も腰に剣を佩いているが、剣の扱いなど知らない。精々が抜いて納める程度。振り回せるかもしれないが、人を斬るなど夢のまた夢であろう。

「まずは裏街に入るのは避けましょう。私もあなたも、少なくとも昼では戦力になりません。それで、最低額の賞金首の情報を得られたのでしたね。その者の罪状は?」

「盗み、だ」

 懐に仕舞っておいた紙束を取り出し、ルゼリアに手渡す。

 兵舎から離れた自分達は近場の食堂へと足を運んでいた。昼から飲んでいる者はおらず、昼食としてパンや肉を食している者が全てだった。自分達も注文した食事に手を付けながら紙束を眺める。ルゼリアはその中でも罪状に興味があったらしい。

「窃盗でここまでの額になるなんて—————いえ、これは宝石店ですか」

 所詮は窃盗犯であるが、高価な品を売る店先に忍び込み、いつの間にか盗み出して逃走。それが賞金首の手口らしく、最後に訪れた店は件の宝石店であった。所詮は窃盗犯ではあるが、かなりの額を盗んでいるらしく額が累積し続けた結果、手配書として賞金首に羅列される程になったらしい。もしや、犯罪者にとって賞金首扱いは、悪くない扱いなのだろうか。

「けれど、窃盗犯なんて顔を覚えられればすぐに捕まってしまうのでは」

「顔を変えられるらしいんだ。一瞬で顔を変えて人混みに紛れるらしい」

「顔を————魔に連なる力ですか?」

「あり得ない話じゃない。実際、無機物に変化する魔術も開発されて、正式な学院の魔術体系に組み込まれてもいる。だが、一瞬で顔を変えられる程の力の持ち主なら窃盗なんて事をしないで、それこそ賞金稼ぎにでもなった方が稼げる気がする」

「………確かに、もっと別の道を模索出来そうです。変装の一種程度ですかね」

 表紙の頬骨が浮き上がった痩身の男性を見つめ、紙束を返してくる。

「食事が終わり次第、ひとまずは宝石店に向かいましょう」

「………正直店にさえ入れさせて貰えない気もするが」

 そう呟くとルゼリアも同感だったらしく頷いてしまう。

「それでも足を運ぶべきです。話を聞かせて貰える機会があるかもしれません」



「完全予約制か………」

 店先は裏街からは遠く離れた、王都の中心地。それも我々の騎士に与えられる屋敷の区画ではなく、真に爵位を与えられた別世界。王家という高貴なる血の縁者であり、その気に成れば城へと無許可で出入りも可能な貴族達の住まう一等地の中心。黒という目立つ、けれど厳かな空気を作り出している店構えのそれだった。

 当然、宝石という高価で楽には加工も販売も行えない品を盗まれた結果、古くからの付き合いか、時間を指定し店の中でもハイグレードな品を買う事を約束した客にしかその扉は開かれなかった。扉には羊皮紙で「規約に従わない者は入店を固く断る」と刻まれている。無理に入るはおろか、気付かせようと扉を叩く事さえ許されなかった。

「予約を望むのは危険ですね。この店との繋がりがない以上、連絡を取る事すら難しいでしょうし。それに悪戯の類だと思われたら賞金首の身内かと疑われる—————ここまで厳重では、二度と狙われる事はないかと」

「ああ、次に狙われそうな店を探した方が早い」

 諦めて店先から離れる。そして街の様子をうかがっていると、どうやら予約客らしい身なりの良い男性が扉を数度叩くと、恭しく迎えられる。一瞬だけ見えた店内は宝石と装飾品を飾っている資料室にも映った。窃盗犯でなくとも気の迷いで、という意識が湧きかねない陳列。まさかこの区画で窃盗など起こるとは露とも思っていなかったのだろう。

「………もし、次に来る客人の護衛を買って出れば」

「受け入れると思うか」

「あり得ませんね。忘れて下さい」

 このまま眺めていても仕方ないと歩き始め、結局は我らの屋敷前まで戻ってしまった。ようやく日が落ち、自分の時間に成って来たが、だからと言って裏街に打って出るには早過ぎる。少なくとも心当たりのひとつでも見つけ出さねばならない。

「相手を変えましょうか」

「変えるかどうか別にしても、同じ程度の顔を覚える選択はあるか」

 頷き合って、再度兵舎へと足を運んだ。


「あ、戻って来たのか。で、どうだった?」

 やはり、あの程度はよくある事であったらしく、受付の兵士は特段貶しも笑いもしなかった。新人歓迎はどこの世界でもある話だったようで、自分を見つけても他の賞金稼ぎ達もどうでもいいと言った感じに手配書や話し合いをしていた。

「宝石店に行って来た」

「まぁ、そうだろな。じゃあ相手にもされなかったろ、そう睨むな。どのみち自分の足で向かっただろうが。それに、足で稼ぐのは賞金稼ぎなら誰でもやる事だ、真っ当にやってるよ」

 慰めか貶しかはわからないが、敵意は感じなかった。

「じゃあ次だ。どうせ別の狙いを求めて来たんだろう。生憎と、同じ程度の手配書はもうねぇよ。古株がみんな持っていっちまった。上を狙うには、お前じゃ力不足だな、諦めて小悪党を追いかけてな。ほら、行った行った。仕事の邪魔だ」

 新たな情報のひとつでもと思ったが、実際無いらしく追い払われてしまった。どうするべきかと視線でルゼリアに聞くと、彼女も同じ考えだったらしく困り顔だった。

「—————もうすぐ夜だ」

「裏街、行く気ですか」

「………恐らく、そこにいるのは確かだ。追い詰めた時の為に土地勘を養っておきたい」

「————私も行きます。止めても行きますから」

 このまま裏街に向かえば、夜の時間に入るのがわかる。竜殺しを成した我々の時間。ルゼリアよりも数段も格上の騎士を焼き殺した、真なる竜の心臓を穿った一射は使えないが、人間相手であれば惑星魔術の模倣で十分過ぎる。

 決めるべきだと、目で語るルゼリア共に裏街へと向かうべく兵舎を後にしようと出口に近づくと、あの男—————襟を掴んで壁へと追い詰めた賞金稼ぎが入って来た。

「あ?なんだ、まだいやがったのか?」

 再度襟を掴まれるが、もう夜だった。

 惑星魔術。それは星の始まりから終焉までの再現であり模倣。或いは実際に今巻き起こっている現象の一部を使って、宇宙という超規模の観測地点からこの星への介入への呼びかけ。第三の月、ウェルクシアという星が終わりを迎える瞬間に発する莫大な力の一部を借り受け、光の一射として地表を爆撃する結果をもたらす。

 そして、更に惑星魔術の模倣魔術という、人程度でも扱えるようにスケールダウンした魔術は、それでもなお師と自分以外には扱えない、月から発せられる神秘を見様見真似で作り上げた魔術だった。だが、月以上の神秘が既にないこの星においては、誰もがその格の違いに慄き、嘘だと現実を直視する事を拒んだ。

 浮かび上がったのは青い月。自分が憧れた、第三の月の模型だった。

 襟を掴んだ自分の頭上に急に現れた発光体に、眼前の男は呆ける。そして—————放射された視覚化出来る光に弾き飛ばされ、兵舎の外まで叩き出される。

「な、なんだ、そりゃ………」

 一連のやり取りを見ていたらしい外野が声を上げるが、もはやどうでも良かった。

「もう夜が始まった。時間がない—————」

 ルゼリアと共に兵舎を後にし、件の裏街を求める。倒れ伏している男はそのままに青い月を消して、早足で裏街に最も近い区画へと向かう。中心街から離れた場所に位置する一般の市民街、その奥にある繁華街の更に奥。夜の街の光さえ届かない打ち捨てられた街の影。そこが裏街と嫌われた—————事実上の無法地帯。

 騎士は勿論、兵士も長年市民街で暮らす下級層すら足を踏み入れない街は、確かに影で覆われ地面も湿気て見えた。暗い道を深く深く通ると、そこには一旦開けた広場が出迎える。だが、そこは既に何者か達の縄張りらしく、ここの住人ではないとわかった我々に窪んだ眼差しを向けてくる。自分も長く学院で暮らして来たが、裏街には今まで一度も足を踏み入れた事は無かった。それは、正しい選択であったようだ。

「常人の顔ではありませんね」

 小声で伝えて来た通り、おおよそ真っ当な生活をして来たとは思えない目つきの浮浪者達だった。学院にて気が狂うばかりに書物にのめり込んだ学者でも、騎士として同じ騎士を罰する事を生業としている外部監査の騎士の目つきとも違う。

 殺し殺されでもない、奪われ奪われたとも少し違う。だが、それらを突き詰めた結果、得てしまった目がそれらなのだろう。背中からも視線を感じながら、ひとまず進み続ける。そして、ようやく店らしき場所に行き当たる。

「………入りますか」

「離れないでくれ」

 共に約束し、明かりがこぼれる扉へと入る。

 一見すれば真っ当なバーであり、カウンターに並べられた瓶も美しく、デスクもソファーも用意された洗練された店ではあった。だが、そのマスターであろう男性の眼は外の浮浪者達と同じ。それを更に煮詰めたような色をしていた。

「何か御用で」

 低い声だった。それだけ震え上がりそうな音程。

「人を探している」

「人探しをする場ではありません」

「酒だけの様子でもない。さもなければここに店を構えない」

 バーの奥へと進み、マスターの前で立ち止まる。下から上を見上げるような事はしない。一切こちらの眼球から視線を動かさず、静かにグラスを磨き続けている。

「人を探していると、探すだけなら好きに」

 言われるままにバー全体を見渡す。部外者が、と吐き捨てるようにこちらを見つめる店の客達は、皆揃って真っ当な服を着飾っていた。なおさら外の浮浪者達とは乖離して見えたが、それでもなお皆一様のこの目を向けてくる。

「ここにはいない」

「では、外に」

「こいつを知っているか」

 手配書を取り出し、マスターに見せつける。嘲りもせず、一言も発せず手配書を見つめた。眼球から見て驚きはしていない。だが、知らない顔でもないとまばたきの回数で想像させた。そしてマスターは首を振る——————。

「知らぬ顔です。気は済みましたか」

「ここに出入りしていると聞いた。隠しているか」

 僅かに、ほんの僅かだが顔を見上げる動作をする。傍らのルゼリアを腕で庇う。

「————もしそうであったなら、何か?」

「あなたには賞金が掛けられている」

 完全なるハッタリだが、どうやら身に覚えがあるようだった。

「………ほう、どのような罪状で」

「知りたければ隠し事はすべきじゃない。隠せばより額が吊り上がる」

 このバーの存在理由はわからない。だが、少なくともただ酒を提供するだけの場ではない。土地が安かろうと、幾ら安酒で金を奪えようとこんな土地にわざわざ店を構えるなんてあり得ない。ならば、ここで店を構えるしかない—————何かを隠すべく作り上げた虚像である筈だ。実際、店の客もまともに酒を楽しみに来た様子もない。

「そして、この店にあなたがいると伝える事になる。賞金稼ぎではない、兵士が徒党を組んで乗り込む。あなたは雇われてマスターをしているようだ、ならば—————背後の雇い主に害が及びかねない可能性は摘み取るべきだ」

「………あなた方の口を封じる、そう考えるべきでは?」

「更に罪状を増やせば、なおさら兵士の軍靴が近付く——————侮らない事だ」

 そこで目を閉じ、ようやくグラスを差し出した。

 

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