4 事件とアリバイ
「彼が関与していない、といい切れる理由は?」
捜査員のひとりが、警察手帳を開いて訊いてくる。
「刑事さんが尋ねていた時刻。彼はT町にある芸術文化会館にいましたから。K大の入学式があったので新入生やその家族、大学関係者も多数参加していました。わたしも新入生として、入学式に参加していました」
「K大の入学式?」
キャンパスを指差して、訝しげな捜査員の視線を、大がかりな足場が組まれた工事現場へと向けさせた。
「例年なら敷地内にある記念ホールで行われますが、ご覧のとおり。今年は老朽化による建て直し工事の真っ最中で、入学式はT町の芸術文化会館で行われたんです」
となり町にある芸術文化会館は、事件が起きたS駅付近の現場までは電車で30分以上要する場所にある。
捜査員のひとりが、電話をかけはじめた。おそらく大学の事務局に連絡をして、裏取りをしているのだろう。電話を手にする若い捜査員に進言する。
「事務局に連絡しているなら、もうひとつ確認した方がいいですよ。その式典で新入生代表の挨拶をしたのは彼ですから。式典会場の壇上に彼があがったのは9時50分ごろです」
呆気にとられた捜査員が、言われるがまま電話相手に追加の質問をはじめた。
「あの、それから昨日の式典で新入生代表の挨拶をしたのは……ええ、はい。えっ、会場に9時集合?」
大学とのやり取りを終えた捜査員の報告に、わたしと男子学生の関係を訊いてきた刑事は「そうか」頷き、ふたたび警察手帳を開いた。
「念のため、貴女の氏名と連絡先を教えてもらえるかな? 所属……ああ、学部もね」
「法学部1年 滝川真歩です」
連絡先を伝える前に、ベテランの捜査員が「K大のタキガワ……マホさん、あれ?」手帳に走らせていたペンが止まった。
「もしかして、滝川検事の娘さん?」
「母がいつもお世話になっています」
「やっぱり! 顔立ちや口調が似ていると思ったんだよ! どうりで……そうか、そうか」
合点がいったという顔になり「滝川検事が地検にいたころは、こちらの方こそお世話になって」と穏やかな口調になり、職質していた男子学生にも「念のため」と連絡先を聞いたあと、「ご協力感謝します」と去っていった。
残されたふたりは、そこではじめて顔を合わせ、互いに自己紹介をした。
「ありがとう。もう知っていると思うけど、僕は人文学部の西湖始」
「どういたしまして。法学部の滝川真歩です。え~と、災難だったね」
「事件現場の防犯カメラに写っていた容疑者と僕の背格好が似ていたらしい。実際に数日前、僕は現場付近にいたから、下見をしていたと思われても仕方がなかった」
「それは、それは……」といつつ、それだけで疑われたわけでもないだろうな、という気もしていた。
このときの、わたしの直感はおおむね正しくて、それから1年半後には西湖始は【サイコパス】と診断されている。
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