セドナクレッシェンド
ししゃも
プロローグ
二人の天才音楽家には、四人の子どもがいた。その子どもたちはどんどん音楽の才能を開花させていった。ただ一人、四男の俺を覗いて。
瀬戸名礼。つまり俺は音楽の才能がなかった。いくら努力しても兄さんや姉さんに追いつくことは決してなかった。
才能がない俺に父さんは冷たかったが、俺は尊敬していたし父さんのようになりたいと思っていた。
俺は母さんの助言でトランペットをやっていたので中学校は吹奏楽部に入部した。
父さんに認めてもらうために必死にトランペットの練習をした。学校生活のすべてを音楽に費やしたといっても過言じゃないだろう。
来る日も来る日も練習する毎日だった。練習しなかった日はなかった。空いた時間は練習だった。
俺には音楽しかなかった。
音楽を憎いと思ったことは一度もなかった。逆に好きなくらいだ。
吹奏楽部のみんなで演奏することが好きだし、練習することも楽しかった。
音楽が好きだったから、毎日の練習も苦ではなかった。吹奏楽部の仲間たちと共に音を重ねる瞬間が、俺にとっての喜びだった。
中学二年の夏、吹奏楽部はついに全国大会へ進出した。あの日、父さんが会場に来てくれていることを知って、心臓が高鳴った。俺の演奏が、父さんに届くかもしれない。ついに認めてもらえるかもしれない。そんな期待が胸の中で膨らんだ。
大会当日、俺たちの演奏は自信があった。曲が終わった瞬間、全員が達成感に包まれていた。俺はすぐに父さんのところへ向かった。
「どうだった、父さん?」
俺は息を切らしながら、父さんの顔を見上げた。
しかし、父さんの目は冷たかった。期待に満ちた俺の瞳に返ってきたのは、鋭い一言だった。
「下手だ。才能がない人間は音楽をやってはいけない。お前にはその資格がない」
その瞬間、俺の心の中で何かが崩れ落ちた。憧れ続けた父さんからの否定。その言葉は、深く胸に突き刺さり、俺を静かに壊していった。
それからというもの、俺はトランペットを手に取るたびに指が動かなくなった。あの冷たい声が頭の中で響き渡り、演奏するたびに指が言うことを聞かなくなる。やがて、俺は吹奏楽部を退部し、音楽を辞めることを決めた。
中学卒業後、俺は音楽とは無縁の威風堂高等学校に進学した。家も出て、一人暮らしを始めることにした。もう「瀬戸名礼」として生きるのではなく、ただの「礼」として新しい生活を送りたかった。
今の俺にはいったい何が残っているのだろうか。
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