第二章 - 机上の痕跡
美咲は古びた机の木目を、まるで大切な地図を読むように見つめていた。
机上には幾重もの時が刻まれている。かすれた文字、重なり合う線、消えかけた言葉たち。それは何年もの間、この場所で青春を過ごした者たちの痕跡。美咲はノートを開き、それらを一つ一つ写し取っていく。
「また、ここで」という文字の傍らには、新しい傷がある。河野が居眠りの際についたものだと、美咲は知っている。彼の穏やかな寝顔を見るたび、この机に刻まれた無数の物語に、また新しい一編が加わるのだと感じずにはいられない。
窓際では優子が本を読んでいる。その姿が夕陽に溶けていくような錯覚を、美咲は覚えた。
「Dear K」
美咲は手紙を書き始める。それは今日の放課後、河野の教科書に忍ばせるつもりのもの。彼はきっと、いつものように図書館で眠っているだろう。
「大切なお知らせがあります」
ペンを走らせながら、美咲は思う。この手紙もいつか、この図書館の記憶の一部になるのだろうか。机に刻まれた無数の言葉たちのように、誰かの物語の一片として残っていくのだろうか。
窓から差し込む光が、机上を這うように動いていく。その光の中で、美咲の手元の影が揺れている。
「あの、これ、」
声に振り向くと、山口が立っていた。手には一冊の古い写真集。
「机の落書きの写真、載ってるかもしれないと思って」
その言葉に、美咲は少し驚く。図書委員の山口が、自分の行動を見ていてくれたことに。
写真集を開くと、確かにそこには十年前の図書館の写真があった。同じ机、同じ窓辺、同じ夕暮れ。ただ、そこにいる人が違うだけ。でも不思議と、その風景は現在と地続きのように感じられた。
夕暮れが深まり、図書館の空気が群青色に染まっていく。美咲は最後の落書きを写し取り、そっとノートを閉じる。河野の教科書に手紙を忍ばせ、彼の寝顔を見つめる。優子は本を読み続けている。山口は本棚の整理をしている。
それぞれの存在が、夕暮れの中で輪郭を失っていく。でもそれは消えてなくなることではなく、この場所の記憶となって染み込んでいくことなのだと、美咲は悟る。それはどこか寂しいさを感じるような。しかしごく当たり前のことだと思えるような。何とも言えない曖昧な気持ちを呼ぶ。少しだけ寂しさを強く感じて三咲は少しだけ溜息を付く。
彼女は自分のノートに、最後の一行を書き加えた。 「また、ここで ─ 2025年8月」
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