宣戦布告(これで勝ったと思うなよ)

 王都と北方領土の間には、魔法技術を用いた蒸気機関車が走っている。

 交通の便に劣る北方との往来には、汽車を使うのが一般的だ。長旅な分、支度にも時間がかかる。

 だから、待ち伏せは簡単だった。

 見物用の入場券を買って、ホームで待てばいい。

 はたして、間も無く白銀の髪をした少女が現れた。

 分厚い外套を羽織り、年嵩のメイドと男の従者一人だけを引き連れて。


「ふん、やっと来たわね」


「…………なんで」


 目が合うと、クルーエルは驚いたように目を見開いた。

 フランは腰に手を当てて、傲岸に胸を逸らしてみせる。


「クルーエル。確かに今日のアンタの魔法は、多少……まぁそれなり……ほんのちょっぴりだけ、私より優れてたわ。それは認めてあげる」


「全然納得してないじゃない」


「う、うるさい! いいから黙って聞きなさいよ!」


「…………なんなの……」


「ミス・クルーエル!」


 フランは腰帯から魔杖を取り出して、真っ直ぐにクルーエルへ向けた。

 古式ゆかしい、魔法使いが名誉を掛けた決闘を挑むときの仕草だ。

 だけどもう汽車が発車してしまう。

 だから──


「五年後!」


「──え?」


「五年後にもう一度、決闘を挑むわ! アンタもどうせ、ルクレツィアに入学するんでしょ。そこで次こそ、完膚なきまでにやっつけてあげるから!」


「……は……え……?」


 フランの宣言に、クルーエルが目を瞬いた。

 白魚みたいな手をおろおろと彷徨わせて、助けを求めるように傍らのメイドを見遣る。


「なにおろおろしてるのよ」


「べ、別に狼狽えてなんかいないわ」


「あっそ。なら、早く杖出しなさい」


「杖? どうして?」


 えええ。まさかこいつ、決闘の作法を知らないのか。

 仕方なくフランはクルーエルに近づいて、細い腰に手を伸ばした。

 ぎょっとした顔を無視して、腰のホルスターから魔杖を引き抜く。

 それを無理やり小さな手に握らせて、

 

「はい、こっち向ける」


「……こう?」


「そう。よし」


 カチン。

 改めて、伸ばした腕の先に握った杖同士を打ち合わせた。

 魔杖を交わす、決闘の誓い。

 魔法使いたるもの、この誓約を無碍にすることは許されない。


「次は必ず、わたしが勝つから」


 クルーエルの長い睫毛が、二度瞬きをした。


「……あなた、本気で言ってるの?」


「当然でしょうが」


「馬鹿じゃないの」


「はあ⁉︎」


「…………変なやつ。まあ、そうしたいなら、好きにすれば」


 ふ、と。

 クルーエルが目を逸らした。

 なにそれ。わたしなんか眼中にないってことか、おおん?

 むかつくから、次は絶対に泣かしてやる。

 そう決めた。

 春先のホームに、汽笛が鳴り響く。

 もうすぐ発車の時間だ。

 最後に、ふと思い出した。


「名前」


「え?」


「あんたのフルネーム、まだ聞いてない。教えてよ」


 クルーエルは躊躇うように色素の薄い唇を開閉し、ようやく名乗った。


「クルーエル。クルーエル・ルミナス・ハイドライン。あなたは?」


「いや、わたしは名乗ったじゃない」


「忘れたわ」


 よーし、一発殴ってやろうかな。

 だけどクルーエルは、存外に真剣な目で言う。


「教えて。今度は忘れない」


「……フランドール・ミステリア・レインフォレスト」


 杖の先をクルーエルに向ける。


「ちゃんと覚えときなさい。五年後、アンタをぼこぼこにする女の名前なんだから」


 ……ちょっとイマイチかな。

 もっと現状に相応しい、ウィットに富んだカッコいい決め台詞はないだろうか。

 フランはひととき考え、最近観劇したお芝居の中から、お気に入りの台詞を拝借することにした。

 びしりと人差し指を突きつける。


「クルーエル──これで勝ったと思うなよ!」


 決まった。

 ポーズもセリフも完璧だ。

 クルーエルが、ぱちぱちと目を瞬いた。


「いや、誰がどう見ても私の勝ちだったと思うけれど」


「う、うるさい! さっさと北に帰れ!」


 †


 宿に戻り、フランは旅支度を終えたケイと馬車に乗り込んだ。

 レインフォレスト領へ向かう街道は、よく晴れていた。しばらく雨は降らないだろう。

 さて、これから忙しくなる。

 なにしろたった五年で、あの天才に追いつき、追い越さなくてはいけない。

 ひとたび目標を据えてみれば、完璧だと思っていた今の自分は、あちこち課題だらけに思えた。

 知識も技術も足りないし、使える魔法の種類だって増やす必要がある。第三階梯への昇格はマスト。そのためには練習時間がもっと必要だ。

 おべっかばかりで無能な家庭教師はいらない。どうにかしてレインフォレスト領いちの魔女に弟子入りできないだろうか。王都の研究機関から、最新理論の論文を取り寄せないと。

 実践を重ねて、でも座学も手を抜かず。

 生活スタイルも見直して、それから、それから──


 もうわたしには、甘いだけのお茶会も、メイドをからかう時間も要らない。


 必要なら誰にだって頭を下げるし、大事に培ってきた外面だってかなぐり捨ててやる。


 人生全部、懸けたっていい。

 それでもいいから、あの子に勝ちたい。


「フラン様」


 と、ケイが言った。


「随分、楽しそうですね」


「楽しそう? 誰が。わたしが?」


「はい」


「節穴なんじゃないの、その両目」


 ふい、とフランは横を向いた。その耳が赤い。


「楽しいわけないでしょ。こっちはあの銀髪女との賭けに負けて、散々な目に遭ったんだから」


「賭け?」


「……なんでもない!」


 赤くなった顔を頬杖で誤魔化して、馬車の窓の景色を見遣る。

 遠くに平原鹿の群れが見えた。

 一面の草原の果て、蒼い山脈が空へ向かって伸びている。

 吹き抜ける風が、フランの赤い髪を揺らした。

 行きの道中は、ただ退屈なだけに見えた景色が、こんなにも眩しくて新しい。

 そっか。世界って、こんなに広かったんだ。

 知らなかったな。

 細い両足を振りながら、柄にもなく、そんなことを考えた。








※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

【謝辞】

ここまでお読み頂き、ありがとうございます。

頂いた星やブクマ、ハートに応援コメント等、どれも励みになっています。


本作は百合コン参加作品です。

私の癖はライバル百合です。

特に、諸事情でいちゃいちゃしないと死ぬタイプのライバル百合です。

よろしくお願いします。

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