ルクレツィア魔法学院入学
魔法学院、入学
そうして、瞬くように五年の月日が過ぎた。
ルクレツィア魔法学院への入学の日。
王都の宿で、フランは真新しい制服に身を包んでいた。
「ケイ、どう?」
問いかけに、五年間で随分と大人びたメイドが答える。
「もちろん、たいへんお似合いですよ」
「ふむ……」
姿見の前に立ち、ためつすがめつ自分の容姿を確かめる。
紅玉を溶かして細く伸ばしたような赤毛と、やや吊り気味の翡翠の瞳。
残念ながら、五年間で背丈はあんまり伸びなかったけど……そこはまあ、うん。
街を歩けば、誰もが振り返るだろう。
ひとめで衆目を集める、大輪の花。
そんなフランの容姿に、ルクレツィア魔法学院の制服はよく映えた。
白を基調に、藍色と金糸で飾られた華やかな装束だ。腰には細いベルトが巻かれ、魔杖を下げるためのホルダーが付いている。
「ふふ、悪くないわね」
自画自賛して、フランはローブを手に取った。
ばさりと羽織り、家紋を刻んだ留め具で固定する。
深く艶のある、藍色のローブ。
この五年間で、フランが第三階梯に至った証だ。
「ふ、ふふ、くふふ……」
鏡に映る姿に、思わず笑いが込み上げてくる。
ここまで、それはそれは大変だったのだ。
毎朝四時に起きて、来る日も来る日も修練と勉学に明け暮れ。
十三歳で在野の魔女に弟子入りし、弟子なのかメイドなのか共同研究者なのかよくわからない状態で数年を過ごし──
そうして、入学直前に勝ち取ったのがこのローブだった。
「……さすがのクルーエルも、まさか私が藍色を着てくるとは思ってないはず。くふ、くふふふ……今からあの女の驚く姿が目に浮かぶわ……!」
鏡に向かってほくそ笑むフランに、ケイがいまいち面白くない顔をする。
「フラン様って、本当にあの方がお好きですよね」
「誰がよ! 嫌いなの!」
ずっと、あの澄まし顔を泣かせることだけを目標に頑張ってきたのだ。
苦節五年。
ついにこの日が来た。
藍色のローブをはためかせ、フランは高らかに宣言した。
「さあ、首を洗って待ってなさい! クルーエル!」
†
ルクレツィア魔法学院は、王都の目抜通りを逸れて小半刻ほど歩いた先にある。
高く聳える尖塔へ近づくほどに、ローブを羽織った生徒たちの姿が増えていく。
「嘘、今の子のローブ、藍色じゃなかった⁉︎」
「先輩かな? でもそれにしては背が低いし、まさか新入生……?」
「うそ、新入生で藍色なんてあり得るの?」
ささめく声が、風に乗って聞こえてくる。
ふふん、とフランは内心で鼻を鳴らした。
生来、目立つことが好きなのだ。
もちろん、そんな素振りはおくびにもださない。
清楚かつ凛然と。完全無欠の澄まし顔で歩いていく。
ケイが耳打ちした。
「さすがに目立ちますね」
「臙脂以上の特待生は、三人だけらしいからね」
事前に必要書類を提出するとき、窓口の女性がそう言っていた。
三人。
一人はクルーエルとして、もう一人は誰だろう?
煉瓦造りの校門を抜け、女神を模した石像の辺りで、ケイが「では私はここで」とフランの側を離れた。
従者たちはこのまま寄宿舎へ向かい、寮母から諸々のルールを学ぶらしい。
フランはそのまま、石造りの学舎へと向かう。
そして、出し抜けに背中を叩かれた。
「フーラーン、ちゃん!」
跳ね回る一角兎みたいな、快活そのものの声。
「久しぶり! 元気だった?」
「……シア」
一目でわかった。
ふわふわ亜麻色の髪を左右で縛った、健康的な肌の少女。
若獅子戦で出会った、シーランド子爵家のシアだ。
ここまで被っていた猫を脱いで、フランは皮肉っぽく片頬を吊り上げた。
「久しぶり。ていうかあんた、随分背が伸びたわね」
「まあね! フランちゃんは割とちっこいままだね!」
「うるさい。そっちが縦に伸びすぎなのよ」
頭ひとつ分、高い位置にある顔を見上げる。
快活な子供そのものだったシアは、すっかり年頃を感じさせる容姿になっていた。
平均よりやや高い背丈と、やや早熟な身体付き。
顔立ちの愛くるしさは変わらずで、総合的な印象としては「中くらいの犬」というところか。
そんなシアが羽織っているローブの色は、臙脂色だった。
「……三人目の特待生は、あんただったか」
「あ、これ? えへへ。どうかな、似合う?」
「それなりにね」
「待って。よく見たらフランちゃん藍色じゃん! やば!」
気づくのが遅い。
けど、こちらを見つめる目がキラキラしているから許してやろう。
遠慮なく尊敬の眼差しを向けるといいわ。
邪気のない口調で、シアが続けた。
「フランちゃんが藍色ってことはぁ、クルーエルちゃんも藍色かなぁ」
ぴく。
「だってクルーエルちゃん、天才だもんね。藍色どころか、その上の白色着てたりして」
「……ふっ」
フランは鼻で笑った。
いやいや。
いくらクルーエルが稀代の天才、百年に一度の才能を持つ魔法使いだとしても──いくら何でも、ねえ?
いやいや、白はないって。ないない。
まあ、私の宿敵だから? 万が一はあるかもしれないけど?
「それにしても、幸先いいなぁ。こんなに早くフランちゃんに会えるなんて」
そういえば、と思う。
シアも、フランの本性を知る数少ない一人だ。
なら、今のうちに釘を刺しておいたほうがいいだろう。
「……シア、ひとつだけ頼みがあるわ」
「なに?」
「私、教室では猫被るから。他の人がいるときは、適当に合わせておいて」
「猫ちゃん?」
「素を見せて隙を作りたくないのよ。あんたに付き合う義理がないのは分かるけど──」
「いいよ!」
「……えらく物分かりがいいわね」
「やったぁ、あたしとフランちゃんだけの秘密だねっ」
「まあ、そんな感じよ」
フランの本性はあと二人、ケイとクルーエルも知っているが。
シアと二人で教室に入る。
途端、無数の視線を感じた。見られているのは、藍色のローブとその留め具に刻まれた家紋だ。
「……ほら、レインフォレスト家の……」
「……二重属性持ちで、学問や剣術もお出来になる稀代の才女だって……」
「……すごい、本当に藍色着てる……」
フランちゃん人気だね、とシアが囁く。
内心鼻高々になりながら、フランは平然を装って頷いた。
室内は、教師が立つ教壇が見やすいよう、階段上になっている。
フランはさっと視線を左右に走らせ、思わず眉を顰めた。
いない。
シアの耳に顔を寄せて言う。
「今年の入学生って、これで全員?」
「全員、ここに集まるはずだよ。まだ来てない子がいるかもだけど」
「あいつ、初日から良い度胸ね……」
こういうときは時間に余裕を持って行動しろと言いたい。
フランが適当な席に腰を下ろすと、待っていましたとばかりに周囲をご令嬢たちが取り囲んだ。
「ごきげんよう、フランドールさま!」
「お噂はかねがね! ぜひ、わたくしとお友達になってください!」
「ちょっと、抜け駆け禁止よ! フランドールさま。わたくし今度、お茶会を企画しておりますの。南方から取り寄せたスペシャルなお菓子が──」
「抜け駆けしてるのはそっちでしょ⁉︎」
多い多い多い。
なんて内心は押し隠したまま、「まあ皆様、光栄ですうふふ」と花も羞じらう微笑みを浮かべてみせる。
シアが後ろを向いて口を押さえた。
「ぶふっ」
吹き出してんじゃないわよ。飲み込め。
それにしてもクルーエルが来ない。
きゃーきゃーしている令嬢軍団をいなしているうちに、ゴォン、と尖塔に吊るされた鐘が鳴った。
前方の扉から真紅のローブを羽織った導師が入ってきて、自己紹介を始める。
それが終わると、次は生徒の番だ。
「フランドール・ミステリア・レインフォレスト。階梯は第三の藍色。属性は火と風。師は在野の魔女、【燎原の】ギネヴィア様です」
フランが名乗ると、あらためて教室中が騒めいた。
藍色。二属性。魔女の師匠持ちで、しかも伯爵家のご令嬢!
導師が「はいはい」と生徒たちを宥めにかかる。
ざわつきながら、ようやく全員の自己紹介が終わったときだった。
がたんと後ろの扉が開いた。
「──すみません、遅れました」
光を放つ白銀の髪、憂いを帯びた紫紺の瞳。
現れた少女の顔を見て、フランは「やっとか」と口角を上げる。
けれど直後、ぽかんと口を開けてしまった。
「クルーエル・ダストエンド。属性は氷。無階梯です」
──は?
遅れてきた宿敵の羽織るローブが、あの頃と同じ無階梯の灰色で。
その上、しょうもない嘘を吐いていたからだ。
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