第2話 答え合わせ
こいつを放置し井上はフロア内を探索したが、誰もいなかった。書類は散乱し、さながら廃虚と化していた。金子の個室にも入ってみたが同様に散乱していた。卓上カレンダーは2024年12月だった。が、現在も12月かどうかはわからない。結局は自分のことを知っているあの謎の男から情報を引き出すしか無いと思い、井上はカプセルのあった部屋に戻った。あの男もさすがにへばっていて大人しくなっていた。
「おい、落ち着いたか。腹減らないか。」
備蓄倉庫を漁っていたら保存用のアルファ化米を見つけたのでカプセルの部屋に持ってきていた。ペットボトルの水も見つけた。お湯を沸かさなくても水で炊ける便利なやつらしい。さっそく作っていた。
「・・・」
カプセルからは返事は無いが、ガラス越しに俺が食っているアルファ化米を凝視していた。やはりこいつも腹が減っているのだろう。
「とにかく俺はお前を知らないし、危害を加えるつもりもない。とにかく飯食いながら話そうよ。いいよな?」
井上は淡々と話しかけた。謎の男はガラス越しに首だけでコクンと頷いた。
万が一に備えて金子の机の中に入っていた拳銃はポケットに忍ばせておいた。銃なんか使ったこともないので一応仮眠室の布団に向けて撃って練習はしておいた。
ゆっくりと留め具を外した。男はカプセルを開け、ゆっくりとカプセルから出た。
「とりあえず裸もあれだから、服を着ろ。そこに置いておいた。」
井上の言葉に男は無言で頷き、大人しく下着、ズボン、Tシャツの順で身にまとった。男が服を着る様子をみながら思った。そういえば冷暖房も止まってるのに暑くも寒くもないな。ビルの密閉性のおかげかもしれないが、少なくとも真冬では無いだろう。
「よし、じゃあアルファ化米も食べなよ。ガスが見つからないから水で炊いたやつだけどね。」
男はガツガツとアルファ化米を胃に流し込んだ。水もガブガブ飲む。これまた無言だった。
「おいおい、ゆっくり食えよ。まだたくさんあるしさ。蘇ったばかりなんだから急に食べると身体によくないと思うよ。」
井上はそんな忠告をしたら男は素直に従い、ゆっくりと口に運ぶようになった。柔軟性はありそうなやつだ。
一応、サーチング能力でこの男の名前や属性は分かっていたが、「なぜ俺を知っているのか」という核心部分が分からなかったので、井上は慎重に話しかけた。
「知っての通り俺は井上だ。しかし、お前の知っている井上とは違うようだ。俺の記憶は2024年の8月で止まっている。その時点での俺の最後の記憶は、魂を抜かれた、つまり死んだという所までだ。お前はいつの俺を知っているのか?」
「・・皆殺しにしただろうが。」
「申し訳無いが、記憶が無いんだ。それに俺にはそんな能力は無い。」
男は井上の襟首をぐいっと掴んだ。一瞬ズボンの後ろポケットに入れている銃を握ろうとしたが、やめた。襟首を掴む手には殺意は無かった。
「9月のあの日のことを覚えていないっていうのか?井の頭公園で俺達に戦争ごっこさせて、遊ぶように皆殺しにしたことを。」
「申し訳ない。君の名前すら分からない。」
男は井上の目をじっと見て、「ふんっ」と嘯きながら突き放すように井上の襟首を離した。
「もしよかったら、俺が9月に君らに何をしたのか、どういう状況だったのか教えてくれないか。」
井上が申し訳なさそうに話しかけたら、男も心が少し解れたようであった。ようやく口を開いた。
「分かった、分かったよ。お前があの時の井上だとしても記憶が無いのは本当のようだ。お前、八王子に核爆弾が落ちたのは知っているか?」
俺が死んでる間に戦争が起きていたのかよ!素直に驚いた。そんな雰囲気微塵も無かったはずだ。その井上の表情を確認し、男が続けた。
「どうやら本当に知らないようだな。じゃあ吉祥寺で北朝鮮ゲリラが蜂起したことも当然知らないよな?」
「そんなことがあったのかよ・・。死んでいる間に世界が変わりすぎている。」
井上は驚愕の表情を浮かべ続けた。
「で、そのゲリラを率いていたのが俺。ハン・ソジュンていうんだけど。」
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