魔法で極める放浪稼業

マッスルアップだいすきマン

第1話 弱くてニューゲーム

 目覚めると、朝はまだ早い朝だった。なぜ朝なのかとおもうと、寝たままで視界に入った部屋の中のデジタル時計がAM6時となっていたからだ。身体はカプセルのようなものに寝かされており、カプセルの扉は自動に開いていた。ここは?ああ霞が関だ。井上は回想する。俺は確か、田中に連れられて女神の所に連行されるはずだった。その前には、ゾンビのマサユキを討伐した。井上は魂だけ異世界に連れて行かれたはずだった。しかし現実はこの霊安室とカプセルなのだろう。デジタル時計には日付は無かった。場所は何となく分かったが、いまが何年何月何日なのかは井上には分からなかった。

 井上はカプセルから起き上がった。相当動いていなかったから節々が硬直している。血液の巡りも無かったのだろう。井上は、急に動き出した心臓が一生懸命に血液を循環させているような感じがした。手足の末端の方にはまだ十分に血液が行き届いていないのだろう。井上がどんなに頑張ってもかじかんで動かない。

 井上はやっとのことカプセルから上半身を上げた。周囲を見渡した。井上が寝ていたカプセルと同じものが右隣にあり、やはり蓋が開いていた。これは田中のものか?井上はそう感じ、少し安堵した。俺が目が覚めたということは田中も目が覚めたはず、という期待感があったからだ。

 井上はカプセルの縁につかまり、何とか苦労してカプセルの外に出た。が、まだ二足歩行で歩くのには時間がかかりそうだ。両足に力が入らない。這いずるようにして隣のカプセルをたどり着き、隣のカプセルの縁をつかんだ。井上にはカプセルの中身が田中だという確信があったので希望を持って覗き込んだ。が、違った。田中ではなかった。20代後半から30代前半の割と端正な顔立ちをした青年だった。井上は落胆しつつも、血液は順調に体内を巡っていることを感じた。太ももやふくらはぎにも力が入る様になり、なんとか掴まり立ちならば立ち上がることもできるようになった。井上は改めてカプセルの周囲を見た。暗く電気もついていないその部屋には一応小さな小窓がついていて外の光を取り入れていた。どうやらカプセルの電源が切れ、自動的にロックが外れたようだった。俺は自然に目が覚めたが、このカプセルが生命維持装置だとするとまだ眠っているこの青年は危ないのではないか。井上はそう感じ、青年の胸元に耳を当てた。心臓が動いている。このままにしていたら心臓も止まってしまうのではないか。井上はそう思い、青年の身体を強くゆすった。すると「ゲフッ」と咳き込みその青年は目を開けた。と同時に大きく目を見開き、大声で叫んだ。

 「井上!お前何しやがった!」

 井上は困惑した。井上はこの青年のことを知らないのに、青年の方は井上のことを知っていた。困惑している井上に青年は飛びかかろうとしたが、さすがに全身に血の巡りが行き届いていないのか、上体も起こせないようだ。

 「あの、とりあえず落ち着いてください。私は井上です。間違いないです。しかし、私はあなたを知りません。私も今そこのカプセルから目覚めたばかりなのです。」

 青年はなおも俺の方を睨んでいる。

 「お前、俺の仲間を皆殺しにしただろ!それを忘れたとかいわせないぞ!」

 井上には身に覚えがない。いや、古田とか吉岡とかは消したが、「皆殺し」はした覚えがない。

 「本当にわからない。申し訳ない。」

 「ふざけんなこのやろー!拘束してセックスまで見せつけやがって!ぶっ殺してやる!」

 身体はまだ動かないみたいだが、罵詈雑言を浴びせられた。しかもこの男、レベルが60以上あった。若いのに相当修羅場をくぐってきたのだろう。井上のバニシングも効くかどうか分からない。身体が動き出したら本当に殺されてしまうかもしれない。

 井上は咄嗟にカプセルの蓋を閉め、外側からロックした。都合よく手動でロックできる金具がついていて良かった。しばらくして男は手足が動くようになったことで蓋をガンガン叩き出した。とりあえず落ち着くまでこのままにしておこう。

 「ガンガンガンガンガンガン!」

 少し時間をあけたら音がしなくなったのでガラス窓から覗き込んだら再びカプセルを叩き始めた。

 「らちあかんわ。」

 井上はボソリとつぶやき、小一時間ほおって置くことにした。


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