兄弟への災い

 バルーンマンが笑い始める。


 ケラケラと、ワラワラと、フロータルもだ。

 ケラケラと、ワラワラと、そのバルーンな頭を揺らしながら、

 グチグチと口から飴弾が流れ出る。

 テリンドルの心臓が鳴りやまない。


 これは無罪が不在の合図で、彼はフロータルの顔が、

 やはりどうしても怖かった。フジツボで膨れ上がったその顔が怖かった。

 ウツボを巻かれたバルーンマンのように、

 フロータルの顔は包帯で規制されていた。


「お兄ちゃん。学校の話を聞かせてよ。

 もうすぐ僕は学校に行ける。パパが言っていた」


 テリンドルは玄関を見た。だが膨張の具象は深く刻まれていた。


「まだ起きていたのか。早く寝なさい」


 パパだ。パパが帰って来た。

 沈没した街から光が投射された。

 無実の羽ばたきが笑い声を乗せ、それはパパの体か、あるいは鳩か、

 一か所に群がった鳩がパパを作り出し彼らはテリンドルに話しかける。


「テリッポ、テリテリッポッポ」


 緋色の眼球にテリンドルは溺れた。

 パパではない水圧が緊張感を増して彼に近づく。

 無音に溺れているのは病院通いの鳩だ。

 フロータルは亡くなりました。

 されど深海が泣き止まない景色の中で階段を上がる音が響く。

 鳩はフロータルを抱えて寝室まで連れて行く。


 テリンドルは亡くなりました。

 深海のサイレンがそう伝えた。


 ボコボコと喪失を覚えるテリンドルは、

 コーヒーの苦さをまだ知らなかった。


 鳩が家を癒すと屋鳴りも静まる。

 零度に達したのはテリンドルの握った保冷剤だ。


「テリンドル。今日はありがとう。

 明日は学校に行きなさい。手紙は俺が渡しておくよ」


 静寂のサイレンが泳ぐ中、

 不融解なバーバリズムをポケットにテリンドルは階段を浮上する。

 バルーンマンに座礁するまで八メートル。


「キャプテン。おやすみなさい」


 意識の船員は帰還した。

 ファンファーレと共に太陽を深海から引きあげたのは鳩の群れだ。

 けれど日光は沈んだままだ。午前八時のサイレンは泣き止まない。

 テリンドルの窓は閉まったままだ。


 白きベールに包まれ、

 なくなくと泣く彼の顔は窒息しているようで呼吸をしている。

 そのベールを剥がしたのは鳩だ。

 鳩の群れはパタパタとテリンドルを簡素な寝室から連れ出し、

 そうして大海原へと投げ込むと、すぐにリビングへと逃げ去った。

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