3. 小石の魔法(3)

レオナードは石畳の道を行く。黒猫の足先から向かうは、ルナの教会である。約束通り、迎えに行くのだ。

朝なのに既に暑さがある。正午にかけて、もっと増すのであろう。レオナードは魔法使いなので、空調魔法を使えば快適に過ごせるが。

「日差しつよいなぁ。」

ルナには暑い日になるだろう。気を付けてあげねばならない。

坂道を下る。教会の位置は水路の近くだ。草丈の低い草が、道端に生えそろう。誰かが刈っているのだろうか。光にキラキラ照らされて、水路の水は輝いていた。

ルナの教会は、黒猫の足先から徒歩10分ほどの位置にある。昨日と違って明るい時間だからだろうか、教会を囲む柵の内側には小さな子供たちが遊びまわっていた。

(ルナはいるかな。)

教会の方へと、レオナードは歩を進めた。

キョロキョロとあたりを見回す。少し人の視線が痛い。レオナードは草を踏みしめ、子供たちがたくさんいるところへと向かった。大きな木の下、大きな木陰に子供たちはいた。

「あの、。」

レオナードは子供らにそう声をかけた。年端もいかぬ子から、10歳くらいの子もいた。女の子の男の子もいるし、背も高い子と低い子がいる。バラバラでチグハグ。レオナードは初めにそんな印象を抱いた。

「......誰ですか。」

他の子らよりも身長の高い男の子が、前にずいっと出てきてレオナードを睨みつけた。

(警戒されたか...。)

レオナードは子供の目線に合わせてしゃがむ。ローブが地面に擦れたが、この際気にしなくて良い。どうせ後で魔法で綺麗にすれば問題ない。

「レオナードです。魔法使いをしてる。」

「魔法使い......?もしかして、ルナの...?」

「ああ、そうだよ。彼女を迎えにきた。」

少年は安心したかのように、強張っていた表情を緩めた。

「ついてきて下さい。ルナは多分、水路にいますから。」

レオナードは少年に案内され、ルナの元へと向かった。


⚪︎


細い畦道を行く。少年は一言も話すことはない。レオナードは気まずかった。そもそも彼は、コミュニケーションが苦手だ。幼い頃から神様とばかり付き合ってきて、人間と深く付き合おうなんて考えに至らなかった。いざとなれば困る、そう教えてくれるものさえもいなかった。

「あの、レオナードさんはどこでルナと会ったんですか?」

「なんで?」

「ルナってば、興奮し過ぎて話の内容が支離滅裂で…。結局名前と、ルナと遊んでくれたくらいしかわからなかったんです。」

少年は困ったように眉を下げた。

「僕がルナと会ったのは、畑の畦道だよ。」

「畦道?」

「そう。僕が道の傍で座って景色を見ていたときにね、あの子が来た。最初は小石を探してたんだけど、僕と目が合ったらこっちに来た。」

少年はくすりと笑った。

い「ルナらしいや。それで仲良くなったんですか?」

「まあ、そうかもね。…それで、『幸せ』を教えてくれるんだって。」

「……?」

少年は不思議そうに首を傾げる。『幸せ?』と言わんばかりだ。

「知らなくていいよ。」

レオナードはそう言った。目を細め、なんだか満足そうな笑みを浮かべていた。

「そろそろ水路に着く?」

レオナードは少年にそう聞いた。彼は少し残念そうな表情をして言った。

「ほら、そこに。」

草原の向こう側。小川が流れ、そこから人が水を引いている。そんな水路。透明な水が柔らかく川底の石を包んでいる。

少年は水路の側の木に寄りかかる少女を見つける。

「おーい!ルナー!レオナードさんが来たぞ!」

彼はルナに向かって呼びかけた。少女のしぱりと閉じられていた瞳が開き、小さな口を満遍なく広げて彼女は応えた。

「ほんと!?今行く!」

慌てて走り出すものだから、少しバランスを崩す。

(あーあーあーあー、転んじゃう。)

レオナードは危なっかしい少女に、ハラハラさせられた。小さく地面から角出す石に躓いて、ルナは転んだ。痛そう、とレオナードは目を逸らす。ルナは立ち上がると、怪我など無いかのように走ってレオナードらの側に寄った。

「レオナードさん!来てくれたんだ!もう来ないかと思ってた!」

満面の笑みがレオナードに向けられる。胸が熱い。なんだかこそばゆくて、体が少し変になったみたいだ。…でも、なんだか悪い気はしなかった。

「約束守りに来たよ。」

レオナードがそう言えば、ルナは「待ってた!」と笑った。

「あの、僕もう行くので。」

少年が気まずそうに言った。ルナはこくんと頷くと、「ありがと。」と言った。

少年は走って元いた場所へと向かっていった。その途中で一旦振り返り、彼は叫んだ。

「ルナのこと怪我させたら許さないから!」

「わかってる。」

レオナードはそう約束した。


「何をするんだ?」

レオナードは腕組みをして、何やらうんうん唸っているルナへと問いかけた。彼女はパチクリと目をして、ニッコリ笑った。

「探検!街の外へ行こう!」

「『幸せ』を教えてくれるんじゃないの?」

「ちちちちち、わかって無いね、レオナードさん。」

「はあ…。」

ルナは人差し指を立てて振る。言葉がないレオナードに、ルナは得意げに言った。

「世の中見ないと幸せを見つけられないよ。」

そして、レオナードの手を取り走り出す。あまりに突然引っ張られたので、レオナードはバランスを崩しかけた。

「危ないな!」

「あははは、ごめんなさい!」

あまり反省してなさそうな姿に、レオナードは溜息をつきかける。

「んじゃ、しゅっぱーつ!」

ルナの元気な声と共に、「『幸せ』の見つけ方講座」が始まったのだった。


⚪︎


レオナードはルナに連れられ、街の外を練り歩いた。

河原で青い鳥を見た。

大きな岩に二人で登った。

小さなウサギを遠くから見守った。

植物の実を取って齧った。

アリの大行進を追いかけた。

二人は日が落ちるギリギリまで、遊び呆けた。レオナードにとってそれは、初めての経験だった。神様だけだった世界が、突然色づいた。

(植物ってこんなに綺麗だったっけ。あんなに青い鳥がこの世にいたんだ。)

興奮で気持ちが昂った。

-知らなかった。

無知とはなんと恐ろしい事か。レオナードはそう感じた。



「ねえ、レオナードさん。」

目一杯遊んだルナは、疲れ果てて眠そうにしながらもレオナードに話しかけた。

「何?」

「今日楽しかった?」

「うん。楽しかったと思う。」

感情の名称を知らない彼は、少し確信を持てぬままそう答えた。不安で眉が下がっていたのは内緒だ。

「良かったー!私もすっごく楽しかった!」

ルナはニパっと笑った。少し覗く小さな歯が、やけに印象に残る。

「また明日も遊ぼうよ。」

レオナードがそう言う。ルナはポカンとした。

(しまった。間違った事を言った?)

レオナードは笑顔がなくなってしまったルナに、どう声をかければいいのか分からない。

「-……の?」

小さ過ぎて聞き取れない声。

「ごめん、もう一回いい?」

レオナードはそう言った。ルナは俯いてしまい、レオナードは内心焦る。

「明日も遊んでくれるの?」

少女は顔を上げて、赤く染まった頬を見せた。その顔は嬉しさを物語っていた。

「勿論。」

レオナードは迷わず答えた。ルナは笑った。今までレオナードに見せたどの笑顔よりも愛らしく、いじらしく、そして嬉しそうだった。

「明日はどこ行く?別の森はどうかな?街の中で遊ぶのもいいよ!」

「君に任せる。僕はこの街を知らないから。」

「わかった!絶対楽しませてあげるからね!」


---

--


教会の前。あたりはすっかり暗くなっていた。

「それじゃ、また明日ね!」

ルナはそう言い、昨日と同じように教会へと駆けて行った。それから重厚なドアを開けて、やっぱり昨日と同じように隙間から手を出して振った。

レオナードもやはりルナが見えなくなるまで手を振った。


それから少し経った頃。レオナードは「黒猫の足先」にて、休息を取っていた。ベッドに横になり、ぼうと天井を眺める。

「ねえニパ様、今日はなんだか気分が良いです。」

自身の神に話しかける。しかし、ここ50年間ずっと彼の独り言になってしまっている。

「それで、昨日も気分が良かった。」

「ルナに会ったからですか?」

返事は今日もない。それでも続ける。

「ルナは僕の知らない魔法が使えるんですか。」

そう、あの小石を探してたルナに会った時からレオナードは魔法にかけられていたに違いない。

ルナが使う魔法。呪文も魔法陣も要らず、魔力さえも要らない。不思議な力。

「名付けるなら…ー。」


-小石の魔法


レオナードはそっと目を閉じる。一日中動き回ったからであろうか、だんだんと意識が落ちていくのを感じる。

(明日もまた…。)

ルナはきっとレオナードに魔法をかけてくれる。何故だか、そう感じた。

空には大きな月が落っこちそうなほどにあり、星が目を瞬かせるほど眩しく輝いていた。

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