2. 小石の魔法(1)
ニパがレオナードの前から姿を消して早50年。結局あれ以降、ニパはレオナードの前へ姿を現さずにいた。レオナードは上級魔法だけじゃ飽き足らず、神代魔法さえも自分のものにした。しかし、それはニパの望むものではない。当然彼女は、彼がどんなに尽くしても姿を現さない。
もはやこの世の魔法全てを扱えてしまう彼は、手の打ちようが無くなってしまったのだ。仕方がなく、彼は家を売り払い(いわく付きで買い手が付いていないが)、自分だけの神様ニパへ捧げる幸せを探して旅に出ることにした。
(もしかしたら、自分の知らない素晴らしい魔法があるかもしれない。)
大魔境から東へ歩みを進めている。それには理由があった。そもそも彼らが住んでいた魔境は辺境の地にあるのだが、彼は以前から帝国首都への転移魔法陣を個人的に作り移動していた。その為、大魔境と首都以外の土地を微塵も知らない。そニパへ捧げる幸せの為にも、レオナードは知らない土地へ行く必要があったのだ。
彼が旅を始めて3日、大魔境にもっとも近い街「ルナン」へと辿り着いた。
簡単に作られた畑の畦道を、レオナードは歩いていた。小石がちまちま落ちている他に、少し大きめの岩が埋まっているらしく多少の歩きづらさがある。
ルナンは街の周りを畑が囲む、農業で栄えた街である。四方八方に小道が続いており、各方面への村や都市へと繋がっている。畑には葡萄などの果物の他に、野菜や小麦も多く栽培されている。街の中心部に近づけば文明が栄え始め、小道は大通りとなり石畳へと変わる。人々の活気に溢れ、鮮やかな色合いが目に入る。ルナンはそんな街であった。
しかし、レオナードは騒がしいのが苦手であった。特に大人数の所は大の苦手である。耳に入ってくる情報の処理に脳が追いつかないのだ。何とも情け無い話だが、人と関わらなさ過ぎて言葉が耳に馴染んでいないとでも言おう。
「はぁ。」
畑の傍らに座り込み、レオナードは溜息をついた。見上げると、赤き太陽が雲の隙間から覗いていた。そよ風が頬を撫でる。自らの長い髪が乱れ、1束が首元を擽る。いじらしい。レオナードはそう思った。
いつまでそうしていたのだろうか。腹が空腹を訴える頃、レオナードは遠くに少女の姿を捉えた。たまたまであった。空を舞う鳥を追いかける視線が、少女に移ったのだ。畑の側にレオナードの様に座り込み、手で何かを弄っている。
(何をしているのだろうか。)
時折ニコリと緩む少女の口元に、彼は自然と癒やされていた。レオナードは自らの膝に頬杖をつきつつ、少女を観察する。笑ったり、残念がったり、コロコロと変わりゆく少女の表情はレオナードにとっては新鮮だった。何せ、ここ50年間魔法ばかりを研究し続けており、彼は人の顔をまともに見ていなかったのだから。
(人はああやって笑うんだなぁ。)
ぼうと眺め続けていると、少女が顔を上げた。
ーぱちりと目が合う。
青色の綺麗な瞳は、レオナードの瞳を不思議そうに見ていた。彼が少し微笑んでやれば、少女はぱあっと花を散らしてみせた。愛らしい表情だった。くしゃりと紙が丸まるように。
「ねえ、お兄さん何してるの?」
(何でここに来た??)
先程まで眺めていた少女は、気がつけばレオナードの近くまで来ていた。少し癖のある髪なのだろうか、くるりと巻かれている毛先。先程まで遠くにあった青い瞳もすぐ近くにあって、その美しさが溢れ出ている。
少女はしゃがみ込むと、レオナードの隣にこてんと座った。少女の青い瞳はじっと彼の瞳を見つめる。
「特に何もしてないよ。」
少々素っ気ないかもしれないが、レオナードは返事をして少女の方へ向いた。横顔が綺麗な子だった。ツンと立った小さな鼻。白い肌はほんのり赤みがさしている。長めのまつ毛が映えていた。
「あのねぇ、私、お兄さんが病気かなって思ったの。」
レオナードはポカンとしてしまう。
「…何でそう思ったの?」
「だってさぁ、ずっとここに座り込んでいるんだもん!動けないのかなぁとか思ったの。」
「……。」
「でもねぇ、私安心した!元気そうだった!」
遠くで見た笑顔が、レオナードの近くでもう一度花開く。温かい何かが、心を満たした気がした。
(何だ…これ?)
さすり、とレオナードは胸を撫でる。しかし何もわからない。考えていてもどうしようもないので、レオナードは少女に意識を集中させることにした。
「君はあそこで何をしていたの?」
レオナードは少女が先程までいた場所を指差し、少女に問うた。
「えっとねぇ、石を集めていたの!」
ニパリと笑う少女。
「石?」
「うん!見せてあげるね!」
少女はワンピースのポケットを弄り、何個かの石を取り出してレオナードに見せた。青色、丸石、白色、三角色々な綺麗な石が少女の手には乗っていた。
「これはね、綺麗な石なの!」
「綺麗な石?」
「うん!綺麗な石をいっぱい集めるのが私の好きな事なんだぁ。」
「集めてどうするの?売るの?」
少女は少し驚いたような表情をした後、笑って言った。
「売らないよ!宝物だからお部屋で取っておくの。」
なんて事を言うんだ、とレオナードを非難するような顔をしている。
「取っといて何に使うのさ?」
「何にも使わないよ?」
レオナードは少女の返答を理解出来なかった。
「何で使わないのに、取っておくの?」
『使わないのに取っておく』この行為の意味が分からなかったのだ。
「宝物だから。使うとか使わないとかじゃなくてね、持っていると幸せな気持ちになれるから。」
目を細めて、少女は胸の前で手を組んだ。
「…幸せ。」
「そうだよ!幸せ!」
(幸せ。)
レオナードは心の中でもう一度反復する。その響きは何とも甘くて美しい。レオナードが探している、ニパ様に捧げたいもの。
「その、君のみたいな『幸せ』を、僕はどうやって手に入れれば良いの?」
レオナードは問うた。少女は不意を突かれたかの様な表情を見せた後、ニッコリと笑って言った。
「気がつけば手に入ってるものだよ!」
「気がつけば…。どうやって気がつくの?」
「お兄さんはそんな簡単な事も知らないの?」
少女はそう言い、真っ直ぐと沈む太陽を指す。レオナードの目線は、少女の指先へと向けられる。
「自分の好きなものを見て、美しさを感じれば良いんだよ。私はこの小石だっただけ!私の『幸せ』をお兄さんは手に入れられないの。でもね、私もお兄さんの『幸せ』を手に入れられないんだよ。」
少女は、もう一度手の中にある小石を見つめた。夕焼けの赤が、少女の横顔を染める。
(自分だけの『幸せ』を持っている人は、これほど美しいのか。)
レオナードはそう感じた。それと同時に、未だよく分からない『幸せ』というものを学ばねばならないと思った。
⚪︎
「私もう帰るけど、お兄さんはどうするの?」
そろそろ日が暮れるという時間。少女は立ち上がってそう言った。レオナードは少女を見上げる形になる。
「僕も、宿へ向かうよ。」
「じゃあ一緒に帰ろう!」
手を差し伸べられる。小さな手だった。レオナードは自分の手を見た後、少女のその小さな手を優しく掴んだ。立ち上がる。ローブについた草を
「ねえお兄さん。」
「なに?」
「お名前教えてよ!」
「別に良いけど…。」
「やったああああああああああ!!」
少女はレオナードがそう返事をすると、その喜びを全身で表すかのようにジャンプした。力いっぱいのジャンプだ。
「私はねえ、ルナっていうの!」
少女は元気よく自己紹介をした。レオナードはそれを微笑ましく思いながら、彼自身も名乗った。
「僕はレオナードです。」
「宜しくね!レオナードさん!」
「うん、よろしく。ルナ。」
二人は並んで畦道を進み始めた。ゆっくり歩きながら、彼らは会話に花を咲かせるのだった。
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