君を幸せにする為の999の魔法

too*ri

1.変わり者の天才魔法使い様

 ねえ知ってる?この国にはちっとも年の取らない天才魔法使い様がいるらしいよ。誰も手の付けないロゼッタ大魔境に住んでいて、大魔境に入ってきた人を迷いなく殺してしまうんだって―――。


 葉の色も濃くなる7月上旬。ファラール帝国では魔法協会を中心に、魔法会議が3日間に及んで行われていた。ファラール帝国は魔大国。理を超越した『魔法』の原点である。そんな帝国には、ファラール帝国魔法協会と呼ばれる機関が存在しており、世界中に散らばる大魔法使いたちの統制機関としての役割を担っている。今日にも行われている魔法会議では、今後の大魔法研究に充てる人員を選別する。この仕事に関われることは、魔法使いにとって名誉なことである。なにせ、研究魔法使いになってしまえば、大きな名声と富を築くことができるのだから。

 だが、研究魔法使いになることをよしとしない者も多数いる。個人研究ができなくなるからだ。魔法使いは知恵を求めるいわば探求者。それを規制されてしまうのだ。

 しかし、このファラール帝国魔法協会にたった一人の例外がいる。

 ――ファラール帝国魔法協会特異点

 これは、一人の男に与えられた一つの階級である。彼は魔法協会に所属していながら、研究魔法使い選別を免除されている。

 その男の名はレオナード・ラベッサ。肩書は『変わり者の天才魔法使い』である。


「ねえ、ニパ様。なんで僕は、こんなに多くの人からじろじろ見られなきゃいけないんですか。変なものでもついてます?」

 魔法会議主催所であるファラール帝国宮殿。その中庭を歩いていたレオナードは、人々の視線を感じていた。

「えーとそれは、レオが夏なのに長袖を着てるからじゃないかしら。」

 彼の隣を歩く美しい女性が、そう答えた。そよ風に靡く《なび》緋色の髪は、彼女の着ている絹のドレスによく合っている。

「長袖を着てる人は、ほかにも多くいると思いますけど…。」

「…じゃあ、私と話しているからじゃないかしら。」

 ニパは寂しそうに俯き、目を細めた。そして少し足を止め、レオナードを正面から見つめる。髪と同じ緋色の瞳。陶器のようにきめ細やかな美しい肌。

「…そんなことは。」

 レオナードは言いよどんでしまった。彼だって理解しているのだ。

 ――ニパは自分だけにしか見えていない、と。

 ニパはレオナードが生み出した、『彼だけの神様』《マイ・ゴッド》である。ゆえに、彼にしか視認できない。つまり、レオナードが彼女と会話をしているとき、他人には『独り言をずっと言っているヤバいやつ』にしか見えないのである。これが、彼が変わり者と呼ばれる所以ゆえんの一つなのだ。だが、変わり者と呼ばれるのにはまだまだ要因がある。

 まず、ロゼッタ大魔境に住んでいること。

 魔境は魔素に満ちており、これは普通の人間は血を垂れ流して死ぬレベルである。そりゃあ、そのレベルの魔境に『なんともないです』みたいな顔で住み着いているレオナードはもはや変わり者を超えて、化け物である。

 二つ目は、魔法協会に所属しているくせにその恩恵を受け取らないところだ。

 魔法協会に所属すると、帝国図書館の利用や国家所有研究室を格安で使うことができる。多くの魔法使いがそのメリットを求めて入会するのだが、レオナードはそれを使用しない。そもそも魔境からでない。(引きこもりかよというツッコミは無しで)

 まあ、ほかにもいろいろ理由はあるのだが、兎に角彼ははいわば「変人」の名にふさわしいのだ。


「ねえ、レオ。私やっぱりあなたから離れるわ。」

「え?なんでです?」

 首を小さくかしげる。

「変人扱いされるわよ。…私はそれが嫌なの。」

 呆れたような物言いを残し、彼女はパッと消えてしまった。彼女が消えるときの特有の金の光が離散していく。レオナードはそれを静かに眺めた。光の粒子に触れてみる。暖かさが指先から伝わり、そして消える。

 彼女がこの世にいる証拠は、何もない。今、無くなってしまった。

(最近、ニパ様ったら調子が悪いなぁ。)

 レオナードは歩き出す。ニパへの少しの疑念が胸につっかえながらも。


 〇


 魔法会議が終わって一週間後、レオナードはイラつきと不安の真っただ中だった。革製のソファに身を投げ出し、天井を見つめていた。

(ニパ様の付き合いが悪い。)

 普段ならお酒を飲みかわし、騒ぎつつも楽しい日々を送っていたのだが、魔法会議終了後からニパがレオナードの前に姿を現す頻度が大幅に下がった。レオナードは久しく彼女の顔を見ていない。それが酷く寂しかった。

「ニパ様~?」

 彼女の名前を呼んでみる。しかし、返事がない。

「はあ。僕が何か悪いことしたかなぁ。」

 ニパがここまで姿を現さないのは、今まで一度もなかった。そもそも彼女はレオナードの神様である。その為、ほかの信者など居るはずもない。それなのに一向に姿を見せない。

「はあ。」

 レオナードはもう一度ため息を吐いた。


 〇


 レオナードは変わり者である。自身は認めていないが、他者の多くが認める変わり者である。その為、彼はついにやらかした。

 ニパが彼の前に現れる回数が減ってから、10年もたっていた。

「ニパ様、見ててくれませんか。」

 レオナードはそう言い、杖を握りしめる。彼の身長と同じくらいの杖だ。魔素が彼に集まりだし、やがて光始める。彼の長いローブが持ち上がり、風が吹き荒れ始める。

「我祈りしは其方の破滅・爆ぜよ紅蓮・我が命のもとに」

 ――上級魔法【フランメ・エスツェット】

 巨大な炎が大魔境を包み込む。彼は続けた。

「我祈りしは其方の滅び・呑めよ水星・我が命のもとに」

 ――上級魔法【ヴァッサ・シュルケン】

 先ほどの【フランメ・エスツェット】により燃えていた場所が、一気に大量の水に吞み込まれる。

 レオナードは続けた。他の上級魔法を全て打ち終わるまで。すべてが終わった頃には、大魔境は更地と化していた。しかし、彼は焦らず詠唱する。

「我は祈りし全ての平和・癒しためへ・我が命のもとに」

 ――神代魔法【ハィレン・リパリ―レン】

 彼が壊したすべてが、一瞬にして元通りになる。

「ニパ様、どうですか?」

 レオナードはそう言った。誰もいないところに。ニパは来ない。彼の足から力が抜け、へにゃりと地へ座り込む。

(力が入らない…。)

 上級魔法は大量の魔力を食う。それを何発も打ち続けたのだから、彼の魔力がいくら多くても疲弊するのは当然だった。

(…ニパ様、僕のこと嫌いになられたのかな。)

 良くないことと分かっていても、そう考えてしまう。レオナードの瞳には、次第に涙の膜が出来上がっていた。俯き、もう泣きそうだというときにふわりと気配が舞い降りた。レオナードは顔をあげた。すらりと伸びた白い足に絹のドレス、そして緋色の髪。

「ニパ様?」

 レオナードは彼女の名前を呼んだ。ニパの表情は酷いものだった。眉間にはしわが寄せられ、目元はひしゃげ、口端がきつく結ばれていた。

「…馬鹿者め。」

 レオナードが期待していたプラスの感情が、何一つ入っていない言葉が紡がれた。

「ニパ様、僕はあなたの笑顔が見たくて、それで…。」

「……。」

「幸せを捧げたくて。だから…。」

「……。」

「-…あなたに会えなくてさみしかったんです。」

 レオナードが何を言おうと結ばれたままだった口が開かれた。

「-…私はそんなことをされても、幸せにはなれないわ。」

 レオナードは、グリっと胸がつぶされたかのような気持ちになった。ニパは冷めた声だった。でもどこか情が入っていて、震えていた。

「じゃあ、どうしたら幸せになってくださいますか?」

「…自分の心に聞きなさい。私はもうくから。」

「——…待っ!!」

 レオナードが伸ばした手は、ニパに触れることなく宙を切る。金色の光の粒子が散らばり、やがて消えた。レオナードはこうべを垂れてしまった。

(どうすればニパ様に幸せを捧げられるのだろうか。)

 正解のない問いは、彼の意識の闇の中に消えていく。

 ―—ごめんなさい、レオ

 ニパの小さな声が聞こえた気がした。


 〇


「ごめんなさい、レオ。」

 天界と地のはざま、ニパはそう呟いた。しかし、彼に届くことのない謝罪だった。

 ニパはレオナードと距離を取らなければならなかった。彼の時は世と隔離され始めている。ニパとこのままずっと共にあれば、彼は、間違いなく人の時を歩めない。それは、あってはいけないことなのだ。レオナードには元々高い魔力が備わっている。魔力は体を巡り、細胞を活性化させる。だから、魔法使いは長生きだ。ゆうに100、200年を生きてしまう。また、魔力の多いものほど長生きだ。

(まさか、レオがあれほどまでに魔力が高いなんて知らなかったわ。)

 上級魔法を何度も打った後に、それを修復できる神代魔法。人類の魔力量では最強だろう。そんな彼が神であるニパと付き合い続ければ、簡単に人の道を外れてしまう。ただでさえ大きな才能が、彼を人ならざる者に近づけているというのに。

(それに、彼には世界を知ってもらいたいの。)

 ニパは願う。レオナードの人生がより良いものであることを。そして、広き世界に新しい道を見つけることを。

(私に依存していたら、きっと得られないものがあるわ。)

 彼女は瞬く星を眺める。レオナードも同じ空を眺めていると思って。流れる星が一個、そこにはあった。



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