屋久の誰そ彼
吾輩は地球外生命体である。名などあろうはずもない。
などと、地球という名の星に、過去、存在した文豪が書いた書籍の出だしを真似てみても面白くも何ともない。むしろ吾輩としては似せてしまった事に不快感さえ感じる。何故ならば吾輩は紛う事なき地球外生命体なのであるから……。
◇
吾輩が生きる屋久島での、ある日の出来事である。
吾輩の前で暑さを避けて男女二人が会話を始めた。
彼らは幼なじみというヤツなのだろう。互いが互いを好いているにも関わらず、それまでの関係を壊すのを恐れて気持ちを、いまだ伝えられていない。そうだな。吾輩は、この二人をずっと見守ってきた。彼らは吾輩を含めて吾輩の前で会話をする事が暗黙の了解であったからこそ。ゆえに長い時間をかけて気持ちを伝えられていないとも理解した。無論、手助けなどする気はない。いや、たとえ手を差し伸べようとも彼らには無視されるだろう。
吾輩が自分を地球外生命体であると知っている存在だからこそ。
「気づいちゃったの。あたしは地球外生命体だった時が在るって」
まあ、なんというか、失礼を承知で言ってしまえば、彼女ならばでの言いそうな事ではある。彼女は、いわゆる不思議ちゃんと呼ばれる女子で特にオカルト関連の話題を好む。であるならば自分が地球外生命体だった時が在るのだと言い出しても、それこそ不思議でもなんでもない。彼らの中での日常。
「あり得ねぇ。どこからどう見ても地球人じゃねぇ? 生粋の日本人だよ。君は」
なるほど。そうだな。男が言う事の方が理に適っている。
「ああ、信じてないね。でもね。こんな話は知ってる? この世界は何度も何度もループしてて、文明が起こっては滅び、また文明が起こっては滅びてるの」
「ああ。それって、もしか世界ループ説ってヤツ?」
そうだな。世界ループ説には二つの論がある。
一つは今在る人類史の中で文明が起こっては滅びを繰り返しているとするもの。もう一つが宇宙の始まりであるビッグバンが起こって時が経ち宇宙全体が滅びるを繰り返すとするもの。つまり、二つ目の論は、人類史上ではなく、宇宙全体の寿命が尽き、新たな宇宙が生まれる、を繰り返しているというものだな。まあ、吾輩の中には、そのどちらかが正解なのだという答えよりも、より厳密な答えが在るのだが、彼らに伝えても仕方がないだろう。むしろ余計なお節介なのである。
彼らには彼らの世界が在りソレが愛おしいという気持ちが溢れているのだから。
「そそ。世界ループ説。人の始祖がアフリカで生まれたのが約500万年前なの」
「ああ、また君の演説が始まったね。不可解で不可思議なオカルッテック演説が」
「うっさい。芝居がかった妙な異名をつけるな。あたしの話にさ。黙って聞けッ」
「はいはい。了解。了解。黙って静かに聞きます」
男の方が彼女に対して恭しく敬礼などしている。
ふふふ。微笑ましい。まあ、いつもの二人だな。吾輩も静かに彼らを見守ろう。
彼女のオカルッテック演説が始まる。
……人類の起源は500万年前まで遡れるわ。それに対して銅器〔銅を利用した食器や調理器具など〕が作られて使われたのが約紀元前8800年前なの。だとして全人類史での500万年間の中での1万年間〔8800年前を分かりやすく1万年に省略して〕に過ぎない期間で今現在の人類が作り上げた文明レベルが出来上がった事になるの。で、人類が文明を築いた時間である1万年を500万年から引くと499万年。そんな長い間、暗黒時代が続いた事になるの。これって、おかしいよね。たったの1万年で、飛行機が空を飛び、世界中をインターネットで繋ぎ、それどころか月に人類を送り込んだにも関わらずにだよ。499万年もの間、銅器すら作られていないんだから。暗黒期が長すぎると思わない? だから実のところ人類は何度も文明を起こしては発展させて何度も滅びたとするのが世界ループ説。
ああ。それこそが世界ループ説の一つ目だな。それを言いたんだろう。彼女は。
吾輩は、静かに目を閉じて、それもあり得るかもな、と彼女からの続きを待つ。
「はいはい。了解。確かにおかしいよね。でもソレと地球外生命体の話がどう繋がるの? 今のところ歴史が繰り返しているという話に過ぎないんだけども」
と男の方は半ば投げやりに答える。やれやれだと。
いくらかの時、女は頬を膨らまして、まあ、ここからが本番か、と続きを語る。
……仮にでで良いけど、世界がループしているとして、歴史が繰り返されているとして、その数々のループ全てでさ。この星の事を地球と呼んでいた可能性は低いと思わない? たとえば、そうね。惑星・ニビル。詳しくは省くけどオカルト界では有名な空想上の惑星ね。そのニビルという名だった可能性も在る。無論、ニビルという名だけじゃなくて、惑星・美弐理〔ミニリ〕なんて名だった可能性も在る。あ、ミニリは、あたしの飼い猫の名前ね。敢えて。そそ。地球という名前以外であれば何でも可能性が在るって事を言いたいからこそ。
「分かったぞ。君がさっき言った自分が地球外生命体だった時が在るって話の意味」
そうだな。吾輩にも分かったぞ。なるほどな。彼女にしては面白い事を考える。が、しょせんは彼女だ。彼には敵わないだろうな。吾輩は、そう思うぞ。ふふふ。
「そそ。この星が、その地球という名ではなかった頃に、あたしも生まれて生きていた。もちろん、君も、いえ、それどころか、今、地球上にいる人間全てがね」
「ふふふ。下らねぇ。本当に下らねぇ。それは世界がループしているとして、その上、始まりが同じでソレに連なる因果律での答えが出続けたとしての話でしょ」
「いやいや、小難しい話は抜きよ。単純に歴史は繰り返しているから時が来れば私が生まれて君も生まれる、そして、また、この会話を繰り返すの。オッケー?」
「で、この星の名が地球じゃなかった時が在るから自分も地球外生命体だった時が在るっていいたいわけね。惑星・美弐理だったら美弐理人って事ね。僕ら全員」
「そそ。気づいちゃった、あたしって凄くねぇ?」
「下らねぇ。本当に下らねぇ」
「いやいや、面白いでしょ? 美弐理人だよ? 美弐理人。地球外生命体だよ?」
「てかさ。待ってよ。因果律の繰り返しの果てで僕ら生まれて同じ会話を繰り返すのだとしたらさ。この星の名も繰り返して地球って名付けられるんじゃないの?」
一瞬、時が凍り、沈黙という名の知的生命体めいたものが静々と入場してくる。
時間が動き出す。美弐理人だと、のたまった彼女を踏みつけて。
「うああ。それを言うな。みなまで言うな。上様上様。あたしは美弐理人だから」
「うむ。越後屋。お主の考えは、その程度であるぞ。控えおろう」
ククク。まあ、彼女らしい思考とオチだ。そして彼らしい答え。微笑ましい。というかだな。とっとと付き合っても良いものを、こうやって、ふざけ合っている。じゃれ合っている。まあ、それを見守る吾輩も頬が緩むのだがな。ふふふ。
とはいえ、地球外生命体は本当にいるのだ。諸君らの目の前にもな。
いや、より正確に言及すれば彼らとて地球外生命体であるのだから。
彼女が、そういったように。無論、在ったではなく、今もなのだが。
と言っても気づかないだろう。未来永劫。悠久。
そうだな。吾輩ら地球外生命体は、遙か遠くの星から隕石に付着して、ここに辿り着いた。地球という名の星に。そののち生命の種と呼ばれたソレが枝葉を伸ばして動植物が作られる。それこそが諸君らも含む吾輩らのルーツなわけだ。そうして、この地球という星に根を下ろして幾星霜。人類が生まれて、繰り返す文明の発展と滅亡。それを何度も目にしてきた。幸い吾輩らの種族は寿命が長いゆえに考える時間がたっぷりとある。その上、長く生きられるという事は子々孫々に太古の記憶を伝えて保持し易かったのだ。だからこそ吾輩らが宇宙の果てから旅をして来た地球外生命体なのだと理解出来たわけだ。そうだな。今、目の前で、じゃれ合う彼らとて生命の種から生まれた枝葉であるからこそ……。
繰り返そう。吾輩は地球外生命体である。名などあろうはずもない。
いや、正しくは、種別を表わす為、便宜上の名は在る。
吾輩は猫である、で記された猫と同じく。
吾輩は屋久杉である。
縄文杉と呼ばれる事もある。
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