裏切りの雪

 僕は裏切られた。この世で、一番、憎い存在に。

 僕の人生を否定して闇に葬ったクソみたいな野郎に裏切られたんだ。

 だから眠り続ける。今日も。静かに。唯々。寂しくも哀しくなって。



 僕は、この世に選ばれし者として生を受けた。

 それは、有り体に言えば、勇者という存在。戦う事を宿命づけられた者。戦の先陣を切って敵軍に突っ込む事を義務づけられた生け贄と言える立場。

 それでも必要としてくれる人がいるならばと心身がボロボロになるまで戦い続けた。意気を吐き、敵を倒し、倒して倒して倒し続けた。人〔敵〕を殺す事にためらいを感じているヒマなどないほどに狂い咲き、殺し続けた。しかも、十二、三の年端もいかない子供にも関わらずにだ。敵の中には当然の如く家族を持っているものもいた。殺す。未来があり希望に満ちあふれた若者もいた。殺す。敵の中で尊敬を集めていた者もいた。殺す。味方の兵を守る為であり民を守る為。敵であるというだけで誰彼構わずに殺した。

 その果てで得たものは……。

 賞賛と憎悪。

 そして裏切り。僕を消し去ってしまおうという大いなる力。

 味方からは賛辞が送られ、逆に敵である異国の者達からは、この上ないほどの憎しみを身に受けた。その連鎖が始まったのは覚えている。戦い始めがそれ。けどもソレが終わる事などなく、いつまでも続く戦争の犠牲者となった。この僕も。

 ただし命だけは長らえた。いや、命が続くからこそ物珍しい者を見るような好奇の目に晒され続けた。僕に対する怒りも果てなく積み上がった。その頂きが見えないほどに積もった好奇の目と嫌悪はボロボロになった心身を更に痛めつけた。

 だから戦線から離脱したいと申し出た。

 もう無理だと。少しだけでいいから休ませてくれと願い出た。

 それが裏切りの始まりだったのかもしれない。面白くない話であったから。

 そう言った刻の国王の顔は今でも忘れられない。それは敵が見せた嫌悪の目つきなど可愛く思えるほどの怒りに満ちたもの。瞳には不快であると言わぬがばかりの広大な深淵が拡がっていた。その怒りは、雪が降って真っ白に染まった世界に堕とされた、どす黒い違和感のよう、到底、隠しきれるものではなかったと覚えている。いや、隠す気など、さらさらなかったのかもしれない。そう思える。今は。

 それは、すなわち、お前が戦わねば自国の兵、そして民が、いかほど死ぬのか、それが分からなぬのか、と言われたようにも感じた。僕は、こう返したかった。じゃ、僕は、王の民ではないのか? 僕が壊れても、それは必要不可欠な犠牲とでも言うのか? と。もちろん、そんな事は言葉に出来ない。だから僕は手を微かに震わせて国王を睨んだ。多分だが、その思いは伝わっていたと思う。

 ただ、そういった思いが伝わったからこそ面白くなかったのかもしれない。僕のような選ばれた者は勇敢に戦い続けてこそ光るものだから。臆病者と。

 だからだろうか戦線から離脱させてもらえる事はなかった。

 また戦い続ける日々が始まった。

 その果て……。

 壊れた。体が悲鳴をあげた。心が裂けた。僕のそれらが限界を迎えた。

 もう無理だな。こいつには。そんな不躾な声が届いたような気がした。



 そして、ここにいる。こことは真っ白な世界。

 どこだかは分からない。分からないが、ここに僕を導いたヤツは分かってる。そいつは目の前にいると確信が持てるから。そうだな。僕は国王こそが僕という人生に対しての害悪だと考えていた。しかし違った。いや、根本的に考え方が間違っていた。国王は僕が選ばれし者として生を受けた人間であるからこそ勝手に期待して勝手に失望していただけの話だ。国王とて人間であるから当然の振る舞い。

 だったら、元凶は、僕を選ばれし者とした、そういった役割を与えたヤツでしかない。そうだ。創ったヤツこそが元凶だと言ってしまっても問題はない。

 そいつが目の前にいる。いや、いるような気がする。モニターと呼ばれる異世界の道具を通して僕を見つめている。世界を創る為にキーボードと呼ばれるものを叩き続け、今は、その手が止まっている。そこに、どんな原理があって、どんな風に、この世界が形作られていくのかは分からない。分からないが、この僕を生み、そして役割を与えた憎きクソ野郎が、そこにいる。

 真っ白な世界を見つめ続けている。黙ったまま。うなり声を上げて。

 ……ダメだ。諦めよう。あまり面白い話にならない。

 ボツだ。

 そういった意味を持つ言葉を吐いたような気がする。

 そう。僕は裏切られた。今、モニターの向こうで僕を否定するヤツに。

 意気揚々と僕という存在を生み出して僕の人生を好き勝手にしたゲス。挙げ句の果て面白くないと切り捨てた。恨んでも恨みきれないが言葉も届かない。ヤツには。そして僕は幸せになる事もなく消された。いや、消されたならまだ良かったのかもしれない。消されず埋もれた存在として永遠となった。真っ白な世界で。

 もし。そう。もしだ。僕が世界を創れる立場であったのならば僕のような存在は決して生まないようにしようと心に誓った。僕らだって生きているのだから。



 静かに目を閉じる。作りかけの真っ白な世界で。眠る。静かに。今日もまた眠り続ける。いつか、また僕の世界が回り出す日を夢見て。消えたいとも思う事すら面倒だと思えるほどの時間をまたいで。一番、殺したいヤツが殺せなかったから。

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