第25話 兄弟⑥

 迷宮へと続く金属製の重い扉を開け、一行は石段を下っていく。

 地下独特のひんやりとした空気を感じていたが、リードは途中で違和感を覚えた。ほんの僅かずつ、空気が変わっていく。

 いつのまにか、ひんやりなどという言葉がそぐわない、暖かな空気が流れていく。

「おお……」

 第一階層に到着して、ライルが声ともならない声を漏らした。

 目の前の景色に、リードも圧倒される。

 それは森と呼ぶにふさわしい光景だった。こんなものが、地下に広がっているのかと感心する。

 木、草、花、根。植物と言って想像されるおよそ全ての物が、地上よりもはるかに巨大な姿となってそこら中に広がっている。

 そして、植物たちを足場にする虫たち。それも、巨大な体躯を持っている。

「迂闊に歩くなよ。向こうから襲ってくるようなヤツは少ないが、植物たちの機嫌を損ねれば、あっという間に消化液の中だ」

 一歩進んで、シルヴェリオは奥を指差す。

「あそこに、冒険者たちが居るのが見えるな?」

 指が指し示す方向を見て、ライルとリードは二人組の冒険者の姿を確認する。重厚な鎧を着た男と、動きやすそうな軽装の男が、植物の蔓を斬りながら進んでいる。

「ここは迷宮の入り口だからな、他の冒険者も多い。普段なら、あいつらの後ろを進んで第二階層を目指すんだが……今回俺が探しているものはそっちにはない。普段とは違う道を使う」

 そう言って、シルヴェリオはせり出た根の一つに腰を下ろす。

「もし一度の探索でお目当ての物が見つけられなかった場合に備えて、ここで少し時間を潰す。俺が使う道を、他の冒険者に見つけられたくないからな」

 シルヴェリオの手招きに応じて、ライルとリードも、傍らの根に腰を下ろした。

「……迷宮とはこんなものか、って顔をしているな?」

 ライルとリードの顔を交互に見て、シルヴェリオが呟いた。リードは、心中を当てられてどきりとする。

 地下に大森林が広がるという異様さを目の当たりにしたものの、迷宮では命を落とすかもしれないという謳い文句を実感してはいなかった。

 隣を見ると、ライルも同じように思っていたのだろう、なんとも言えない表情をしていた。

「別に、アンタらが分かりやすいって訳じゃあない。初めて迷宮に潜ったやつは、みんなそう思うんだよ。それが、迷宮の罠とも知らずにな」

「迷宮の罠?」

「そう。こう思ってはいないか? 迷宮ってのは、案外恐ろしくないものかもしれない。第一階層がこれなら、第二階層、第三階層も、大したことないかもな、と」

 シルヴェリオの脅すような眼差しに、リードは唾を飲み込む。

「今はまだいい。だが、第二階層に降りてまだ旅行気分だと、間違いなく死ぬぞ」

「……肝に銘じておきます。ところで、シルヴェリオさんの探し物について、詳細を伺ってもいいですか?」

「そろそろ、敬語はやめてくれ、さんも付けなくていい。迷宮に関しちゃ俺の方が先輩だが、偉ぶるつもりはないんでね」

 手をひらひらと振ってそういうと、シルヴェリオは懐から紙片を取り出した。所々が赤黒く汚れている。

「これは、知り合いの冒険者が遺したものだ。この迷宮の中で倒れ、同行していた者が持ち帰ってくれた。これによると、知り合いは第二階層で何か武器らしきものを見つけたらしい」

「武器……らしきもの?」

「ヒントはこの紙にしかない。だから、何を探しているのかと聞かれても、これ以上のことは俺にもわからない」

 知り合いが遺したものだからな、どうせなら見つけてやりたいんだ。そう付け足して、シルヴェリオは顔を伏せた。

「分かりま……分かった、ありがとう」

「そろそろ人も少なくなって来た。行こう」

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迷宮深層紀行 東屋彦那 @azumaya_hikona

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