第23話 兄弟④

「これは……なんというか」

「思った以上、だな」

 二人は顔を合わせる。

 想像していたメイズ島は、陰鬱な空気が流れ居心地の悪そうな場所だった。だが、現実は違っていた。

 大きさこそはこの島の方が小さいが、人口密度で比べるならノースリドの街よりもメイズ島の地下街の方が勝っているのではないか。

「人酔いしそうだ、どこか……腰を下ろせるところに入ろう」

「……同感」

 行き交う人々の隙間を縫って、二人は目に入った酒場へ入る。酒場は大盛況で木製のテーブル席もカウンター席も、人で溢れていた。

「おーい、そこの二人、こっちが空いたぞ」

 奥のカウンター席に座っていた男が、リードとライルに向けて手を振る。細身の身体に胸や肩など、最小限の部位に金属製のプロテクターを纏った男だった。

 誘われるまま、二人は細身の男の隣の席に座る。

「メイズ島は初めてのようだな。俺はシルヴェリオ、よろしくな」

 木製のジョッキを掲げ、シルヴェリオと名乗った男はこげ茶色の髪をかき上げた。

「おーい、マスター。適当に飲み物を二つ、こっちにくれ」

 カウンターの奥に佇む屈強な体躯の男に声を掛けると、すぐに二人の元へ飲み物が運ばれてきた。

「俺はラ──」

「ああちょっと待て、いきなり名乗って悪かった。もし名乗りづらい事情があるなら、本名を告げる必要はないからな」

「──いや、大丈夫だ。俺はライル。こっちはリード」

「そうか、よろしくな」

 ジョッキを突き合わせ、乾杯する三人。

 話を聞くと、シルヴェリオは自分のことを凄腕の冒険者だと語った。メイズ島に来る前は、南の大陸で発見された迷宮に潜り、そこで手に入れた宝や魔石を売り、一財産を築き上げたという。

 自慢気に語るその口調から話半分に聞いていたリードだったが、迷宮内部の話には信憑性が感じられ、途中からは迷宮内部でしか見たことのない植物や生物、魔素の薄い地上では存在できない魔物など、多くの話に心を奪われていった。

「それで──」

 自分の話を一度切って、シルヴェリオは手をぱんと叩いた。

「二人は、何故この迷宮に? 見たところ召し物も上等で、話し方にも気品を感じる。金に困っていて、迷宮で一山当てようって輩とは違いそうだ」

「それは……」

 内情を口にしようとするライルを、リードが視線を送って止める。だが、それでライルが止まる気配は無かった。シルヴェリオを信用する方向へ舵を切ったらしい。

 ライルがそう決めたのなら、リードは止めはしない。

「家族が病気でして……迷宮で見つかる宝にはどんな病も癒す、という話を聞きました。それを探しに」

「なるほどな。そういったものがあるという噂は俺も耳にしたことがある。ただの噂だと一蹴するのは簡単だが……相手は迷宮だ。御伽噺にも登場しかねない何かが出てきたとしても、不思議じゃあない」

 そう言った後で、シルヴェリオはライルとリードの姿をじっくりと見回す。特に、ライルが腰に下げているアルマブラウ家の剣を。

「ライルにリード、こんな所でこうして出会ったのも何かの縁だ。俺たちで手を組まないか? 俺もこの迷宮で探し物がある、その場所の検討もついてる。だが、一人でその場所まで進むのも難しいと思いこの酒場で一息ついていたところだ」

 ジョッキを呷り、シルヴェリオは中身を飲み干す。

「そこで、だ。君たちは俺の探索を手伝う、それが終われば、俺は君たちの探し物を手伝う。どうだ?」

 空のジョッキを突き出し、シルヴェリオはにやりと笑った。

 数瞬の沈黙の後、口を開こうとするライルの肩を掴み、リードは自身の方へと引き寄せた。

「さすがに信用し過ぎだ。この男を手伝った後で、俺たちの助けになってくれる保障なんてない」

 シルヴェリオの耳に届かぬよう、リードはライルへ耳打ちする。

「落ち着けリード、お前の心配はもっともだが、俺にも考えがある。手伝った後で例え裏切られようが、経験者と共に一度迷宮に潜れるってのは願ってもない経験だ。それだけでも価値がある」

 ライルの答えを聞いて、リードはそれ以上の言及は止めた。それと同時に、リードは己の早計を恥じる。ライルは、自分が思うより余程冷静であった。

「貴方の提案に乗りますよ。お互いの目標達成のため、協力し合いましょう」

 そう言って、ライルは自分のジョッキをシルヴェリオのジョッキへとぶつけた。

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