第22話 兄弟③

「お前まで付いてきて……本当に良かったのか?」

 馬車の中で、ライルはリードに尋ねた。

 ノースリドの街から件の迷宮まで、一週間の旅路となる。ノースリドから港町まで馬車で一日。港町から西の大陸のもっと大きな港まで二日。迷宮へ向かう船は一日に一本しか出ていないため、その港町で一泊し、翌日に迷宮まで向かう三日間の船旅。

 ライルもリードも、最低限の荷物しか持って来ていなかった。家を飛び出した今日の内に港町まで辿り着き、そこである程度旅の荷物を購入する手筈だった。

「残ったところで、拾い子の俺に家督を継ぐ資格は無い。正直言って、俺は商いのアレコレを覚えるよりも、棒切れを振っている方が合っているんでな。レイルが指揮を執る商いのサポートよりお前のサポートの方が、幾分役に立つだろう」

「そういうことじゃなくてな……。迷宮に行けば、死ぬかも知れないんだぞ?」

「なら猶更だ。死ぬかもしれない場所に、お前一人で行かせるわけにはいかないだろう。もちろん死ぬつもりはないが……セイル様には拾ってもらった恩義がある。命を賭してこの恩を返せるのなら、俺は喜んで死地に飛び込むさ」

 その返答が想像と違っていたためか、それとも、想像通りだったからか、ライルはわざとらしく肩をすくめて、窓の外に視線を向けた。

 リードはその所作を見て、ライルはこれ以上話を続ける気を無くしたんだな、と判断した。

 二人を乗せた馬車の中は沈黙のまま、静かに揺れながら街道を走り続けた。

 御者に料金を支払い、露天の立ち並ぶ港町に二人は降り立った。まだ日が昇りきる前に出たというのに、既にその身を海面に半ば沈めていた。

 赤く染め上げられる一面の海に感動する余裕は二人には無く、特に示し合わせるでもなく、ライルは旅の荷を買いに、リードは次に出る船の時間を確認しに別れた。

 しばらくして、船の乗り場に現れたライルの姿にリードは目を見開いた。中身がぱんぱんに詰まったリュックサックを二つも背負っていたからである。

「……何を買ったんだ」

「旅の必需品ばかりだぞ? 日持ちのする食料に、水。船酔いを抑える効果のある香草。傷薬、解熱薬、着替え、砥石……あぁ、あとこれだ」

 道端でリュックの中身を半分ほど披露した後で、ライルは一冊の本をリードに放り投げた。

 飾り気のない無骨な装丁の本を受け取り、中身をぱらぱらと捲る。書かれていたのは『迷宮に挑む際に必須のアイテム十選!』や『迷宮を進む際に見るべきポイント十選!』などと書かれていた。

「向こうの行商人が売っていたんだ。中身は東の大陸で見つかった迷宮のことらしいが、今から向かう迷宮に応用出来ることもあるだろう」

 満面の笑みを浮かべて本を指すライルを尻目に、リードは小さくため息を吐いた。


 そして、予定通りの旅路を経て、二人はメイズ島に辿り着いた。

 入江に停泊した船から降りると、予想以上の賑わいにリードは驚いた。重厚な鎧を着込んだ騎士らしい男や、薄手の外套で頭から足までをすっぽりと覆い隠す男など、多種多様な装備をした者たちが地下街に溢れていた。

 それ以外にも、他の大陸の甘味を売り歩く者や、食事処の呼び込みをする者など、まるで祭りのような賑わいだった。

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