第21話 兄弟②

「本当に存在するのかも分からぬ物を求めて迷宮に足を踏み入れるなど、危険過ぎます。慎重に情報を集め、人を使うべきです」

 執事長の言うことはもっともだった。

 しかし、二人の息子はそんな言葉では止まらない。アルマブラウ家の屋敷、その中でも玄関口として華美な装飾ばかりが施されたエントランスに、三人の男が立っていた。

「今、こうしている間にも親父は死に向かっている。ここで言い争う時間すらも惜しいんだ。行かせてくれ」

 当主である父と同じ金色の短髪を揺らし、アルマブラウ家長男のライルは旅の荷物をまとめたバックパックを背負う。

「しかしですね──」

「それに、雇った人間は信用ならない。もし本当にどんな病も治す霊薬が本当にあり、雇った冒険者がそれを手にしたとする。果たしてその冒険者は、大人しく霊薬を俺たちに渡してくれるか? その霊薬にいったい幾らの価値が付くか想像もつかないんだ」

 言葉を遮り、ライルは執事長へまくし立てる。

「リード、支度は済んだか?」

 外套を羽織り、くすんだ緑の髪色をした次男が腕を挙げて応える。

 既に二人の肚は決まっていた。自分たちが迷宮に潜り、自分たちで霊薬を見つけるしかないのだと。

「冷静になってください。ご当主も常日頃からおっしゃっていました、『考えるべきは、アルマブラウ家全体のこと』だと。仮に、ライル様とリード様とが迷宮で失われればアルマブラウ家にとって大きすぎる損失です」

「まだルルゥとレイルが居るだろう」

 この場に居ない妹と弟の名を挙げて、ライルは家紋の入った剣を腰に下げる。

「だからと言って、ライル様とリード様を失っていい理由にはなりません!」

「ちょっと早く生まれただけで、俺は親父から商いについて何も教わっていない。俺もリードも、棒切れを振るう方が性に合っていた」

 事実、セイルは子供たちに商いのことを何も教えていなかった。質問があれば何でも答えてくれていたが、自分から積極的に跡継ぎを教育しようとする意思は見えず、子供たちがやりたいと言い出したことを自由にさせてくれていた。

 まだ五十になったばかりのセイルがしばらくは現役を続けるのだろうと、誰もが思っていた。そのため、跡継ぎを教育しようとしていないセイルに意見する者はいなかった。

「セイル様が病に伏せている以上……ライル様、長男の貴方が当主代理ということです。その当主代理が身勝手な行動を起こすのは慎んでいただきたい」

「分かった」

 両手を挙げて答えるライルの姿に、執事長は安堵の表情を見せた。

「親父が起きていられる時間を活用して、親父の知る商売のノウハウをレイルに叩き込んでくれ。そして、レイルを当主代理とする……これが、現当主代理からの指示だ」

 にやりと笑って、ライルは踵を返す。

 ライルの肩越しに、肩を落とす執事長の表情をリードは無言で眺めていた。

「行くぞ、リード」

「……分かった」

 屋敷を出て、二人は振り返る。二階建てで、部屋数は二十を超える大きな屋敷は、全てセイル・アルマブラウの手腕によって築かれたものだ。

 この屋敷をもっと大きくだとか、どこかに別宅を建てようだとか、そんなことは考えない。ただ、偉大な父が築き上げたものを守りたい。

 それが、ライルとリードの意思だった。

 先ほど閉めたばかりの大きな扉が、勢いよく開かれ、その奥から執事長が姿を見せる。その顔を見て、ライルは、もううんざりといった具合に肩を落とす。

 姿勢を正した執事長は二人に向けて深々と頭を下げた。

「──どうか、ご武運を」

 ライルは手をひらひらと振って執事長に応え、リードは同じように深く頭を下げた。

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