第17話 探究者⑤

 『魔物』という存在には、大きく分けて三種類のものが存在する。

 一つ、現存する生物が魔素の影響を受けて狂暴化、巨大化したもの。元となった生物の影響を色濃く受けており、危険度は他二つと比べて高くない。

 一つ、結晶化した魔素──即ち魔石を核として、魔素による肉体を得たもの。姿かたちは多種多様で、危険度も高い。しかし、魔素によって姿を得ているため、魔素の濃い迷宮の外に出ることは滅多にない。出ていたとしても、地上の薄い魔素では大きく弱体化してしまう。

 一つ、魔素と、それを操る魔令術による人工的な魔物。主に無生物に対して魔素を注入し、使役されるもの。魔素によって動くことにより魔物に分類されるものの、人形(ゴーレム)という呼称の方が一般的である。


 初めて迷宮へと向かうその道中、立ち寄った町の露店で購入した迷宮ガイドブックなる怪しげな本に、そんな記述があったことをリードは思い出していた。

 棍を片手に目の前の魔物と対峙する。

 足元まで広がっていた泥は、既に引いていた。リードの正面から五メートルほどの位置で、泥は球の形を成している。直径がリードの身長よりもやや高い。

 脅威であることは間違いがなかった。あの泥の球体が転がってくるだけで、リードは圧し潰されることだろう。

 相手の出方を伺うリードを前に、泥が波打つ。ぶるぶると、戦闘を前に武者震いをするように。

「カルマの探し物を守る番人……言うなれば『泥人形(マッドゴーレム)』ってとこか」

 球体から手足が生える。歪な人の形となった泥人形が、明確に自身を捉えたことをリードは理解する。

 握り拳をつくり、振り下ろされる泥の塊をリードは難なく回避する。当たれば即死であろう一撃だが、速度は無い。

「そこら中にうろうろしてる狼の方がよっぽど速い……ぜッ!」

 身をひねって回避した勢いをそのままに、泥の腕目掛けて棍の殴打を見舞う。

「!」

 自身の腕へと伝わる感触に、リードは疑問符を浮かべた。泥に沈み込む棍を引き抜いて、泥人形から距離を取る。

 棍に付着した泥を拭い、リードは再び構える。

「なるほどね……泥の身体をぶん殴っても仕方ねぇってか」

 大きな一歩で距離を詰めて、腕を払う一撃を回避し、リードは棍を外套の下にしまう。その代わりに、腰に下げていた白銀の長剣を鞘から引き抜く。

「悪いが借りるぜ」

 態勢を低くして、リードは泥人形の股下を潜り抜ける。その折に、泥の足へ斬撃を叩きこむ。

 足を斬られて態勢を崩した泥人形は、リードを圧し潰そうとそのまま倒れ込む。だが、それはリードの予想通りの動きでしかなかった。

 泥人形の腕を足場にして、頭上まで跳躍する。

 直剣の切っ先を足元に向け、泥人形の身体へ深々と突き刺す。

「……だめか」

 まるで手応えがなかった。

 立ち上がろうとする泥人形の身体から離れ、リードは思案する。先ほど切り裂いた足も既に泥同士が混ざり合って修復されている。打撃は効かず、斬撃も一時的にしかダメージを与えられない。

「どうしたもんかな」

 呟いて、リードは思い付く。

 道中にカルマが使用していた、対象を凍らせる魔令術。その技があれば、泥の肉体にもダメージを与えられるのではないか。

 そう考えて、リードは宝物庫へと目を向ける。そこに、先ほどまであったカルマの姿は無かった。その代わり、魔令術で施錠されていると言っていた扉が開いている。

 どうやら、扉の開錠は既に終了しているようだった。

「カルマ! 手を貸してくれないか!」

 返事は無い。

 舌打ちして、リードは泥人形へと視線を戻す。右手に握った長剣を左に渡して、右手には棍を握る。自身の手持ちの技に、泥人形への有効打は無い。

 それならば、と、リードは時間稼ぎに徹することに決めた。目当ての物を手に入れ、カルマが戻ってくるまで耐えることができれば自分の勝ちだ。

 そう信じて、リードは泥人形の攻撃をいなす。気を引き続けなければ、泥人形はカルマの元へと向かうかもしれない。

 泥人形は伸ばした手から弾丸のように泥を飛ばす。それを時には避け、時には撃ち落とし、リードは対抗する。先の見えない攻防は永遠かに思え、じりじりとリードの体力を削っていく。

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