第16話 探究者④

 リードとカルマ、二人が足を踏み入れたのは天井が高く、広々とした空間だった。石畳が割れたり削れたりとでぼろぼろの第二階層とは異なり、まるで貴族の屋敷の玄関ホールを思わせる厳かな雰囲気が感じ取れる。

 今更、迷宮内の不可思議な現象に言及するつもりはないが、高い天井の先に目を向けると、太陽光のような明りが漏れている。

 薄暗い印象ばかりが続く迷宮だが、こんなにも光にあふれている空間というのはかなり珍しい。

「あの奥ね」

 カルマが指差した先には、階段と、入り口同様に豪奢な扉があった。ここが宝物庫ですとでも言わんばかりの装飾に、リードは鼻を鳴らす。

「差し支えなけば、俺の興味本位な質問に答えてほしいんだが……アンタが探しているものってのは、いったい何なんだ?」

「……端的に言えば、身体を作り替えるもの」

「身体を作り替える?」

 言っている意味が呑み込めず、リードはオウム返しをしてしまう。

「魔令術師に必要なのは、半分が努力と、もう半分が才能だ。魔素と相性の良い人間、というのはどうしても存在してしまう。私は魔令術師としての腕を上げるため、それなりに努力はしてきたつもりだ。だが、それも限界を感じている。少々ずるい方法だと理解はしているが、私は迷宮の調査のため、早急に力を得なければならない」

「それが──」

「そう、身体を作り替え、魔素と相性の良い肉体を手に入れる。あの扉の奥には、そんな荒唐無稽なことを可能にするアイテムが眠っているのさ」

 迷宮の存在を知らなければ、神話やおとぎ話で語られているものだと一笑に付すところだろう。しかし、迷宮であれば、きっとそんなことも実現可能なのだろう。

 どんな病も一瞬にして治す霊薬──白金の星。荒唐無稽なものを探しているのは、リードも同じなのだ。

「少し待っていてくれたまえ。目当ての物を取ってくる」

 そう言われて、リードは宝物庫らしき部屋に続く階段の一段目に腰を下ろした。瞬間、思わず息がこぼれる。

 派手な戦闘や大立ち回りはしていないものの、歩き慣れぬ階層を護衛という名目で気を張りながら進んだことに、疲労を覚えたらしい。腰を落ち着けたことで、リードはその疲労をようやく自覚する。

 大きな伸びを挟んで、周囲を見渡す。

 広い空間だが、扉は自分たちが入ってきた一つのみ。壁に亀裂などはなく、何者かが壁を破壊してこの空間に入ってくる可能性は低い……と思われる。

 目を閉じ、聴覚に集中するが、聞こえてくるのはカルマが階段を上がる音だけだった。

 残るは──、

「上、くらいか」

 リードは頭上に視線を向ける。

 しかし、漏れ出ている光のせいで、天井がいったいどうなっているのか、仔細は確認できない。

「リードくん、申し訳ないが少し時間が掛かりそうだ。扉には魔令術を用いた封印が施されていてね」

「分かった。周囲の警戒は任せてくれ」

「よろしく頼むよ。報酬は弾むからね」

 受け答えを終えた直後、リードは外套の下に手を回す。

 天井から降り注ぐ光が、わずかに陰る。

 カルマが扉に手を掛けた瞬間、この空間に流れる雰囲気が変化した。

 魔令術を用いた封印──、それは扉の施錠だけでなく、侵入者を排除するための仕掛けまで施されていたのだろう。

 ぽとり、と、水滴が床に落ちる。そのまま、ぽたぽたと、雨のように落ち続ける。濁っている『それ』はまるで泥のようであった。

 この広い空間の床を埋め尽くすほどの泥が、リードの足元まで伸びる。立ち上がり、現れた脅威に備えて、静かに棍を構える。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る