第15話 探究者③
「どうかな? 私の力は分かってもらえただろうか」
得意げに話すカルマの表情に、リードは無言で息を吐いた。
「迷宮を潜るのに、俺の力は必要なさそうだな、ってことは分かったよ」
カルマの戦う様を目の当たりにして、リードは「敵わない」という感想を抱いた。彼女と対峙することがあったとして、棍が彼女を穿つよりも早く、魔令術が自分の身を蝕むだろう。
振り上げ、踏み込み、振り下ろす。それだけの動作を終える前に、彼女はただ一言、魔素に命令するだけで相手を無力化できるのだ。不意打ちや騙し討ちなどの策を持ち込むのなら話は別だが、顔を合わせてよーいドンで戦いを始めれば、敗北は必至だ。
「ああ、勘違いしないでくれ。私には、決してきみを意気消沈させようなんていう魂胆は無い。ただ、ともに迷宮探索を行うものとして、最低限自衛するだけの術を持っていることを証明したかったのさ」
「さっきは、自分の力を披露したいようなことを言っていたと思うが?」
「そうだっけ? そうだったかもね」
何でもないことのように言って、カルマは先に進み始めた。これ以上、会話をするつもりはないらしい、リードは黙ってその背中に着いていった。
代り映えのない石造りの景色の中を延々と歩き、カルマは足を止めた。
通路の先は、行き止まりだった。
「……」
カルマの肩越しに見える石壁は、何の変哲もないものに見えた。だが、このカルマという女が何の変哲もない場所へと案内するとは思えない。
少しの間、カルマは石壁を凝視し、
「消えろ」
壁に手をついて、そっと呟く。
その瞬間、まるで元々そうであったように、石壁が霧散する。行き止まりは、行き止まりでなくなった。
「おや、あんまり驚いていないね」
振り返って、カルマはリードの表情を伺いながら尋ねる。
「不思議な術を目の前で見せてもらったばかりなんでね。壁が消えたくらいじゃあ驚かないさ」
「そう、残念」
消えた壁の奥には、階下へと繋がる階段が見えた。
第三階層──。第一階層、第二階層とは大きく異なり、ここからが迷宮の本番という者も少なくない。
第二階層から続く階段によって、第三階層はその様相を大きく変える。
氷に閉ざされた森の迷宮。
至る所で火の手が上がる火口の如き迷宮。
そこら中で水が流れる、海を思わせる迷宮。
そのどれもが、第三階層の特徴である。そして、その過酷な環境に適応した獰猛な魔物たちが生息している。
一歩、また一歩と会談を下りるたび、ひんやりとした風がリードの頬を撫でる。暑いよりは、寒い方がマシだ。生まれ育った穏やかな町を思い出す。
外套の襟を掴みながら、知らずのうちに息が白くなっていることに気付く。
「おい」
前を歩くカルマに声を掛ける。息が白くなるほどの冷気だ。薄手のドレス一枚で居るカルマの身を心配する。
「問題ないわ」
カルマはリードの手を掴み、自身の肩へと近づけた。
「!」
そこだけが火に温められているかのように、ほんのりと熱を帯びていた。
「……これも、魔令術か?」
「もちろん」
「便利で良さそうだな」
「ふふ、まぁね」
最後の一段を下りて、二人は大きな扉の前で足を止めた。迷宮に存在するものにしては珍しく、豪奢な装飾が施されている。
三メートルは超える扉には、取っ手も、鍵穴も存在しない。だが、カルマがその扉の足先から頭まで嘗め回すように視線を這わずと、扉は静かに二人を受け入れた。
「さ、この先よ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます