第14話 探究者②

 カルマの道案内に従うまま、リードたちは第二階層まで下りた。大きな植物の根で巧妙に隠されていた扉を抜けて。

 振り返り、リードは先ほどの扉を見る。

「まさか、こんなところにも第二階層に続く道があったなんてな」

 そう呟く。

 何度も訪れている第一階層だが、まだまだ知らないことの方が多い。一体この迷宮はどれほど広大なのだろう。

 通ったルートは違うが、第二階層はどこも同じような景色が続く。もう見慣れてしまった、無機質な石造りの通路。

 何もない通路の半ばでカルマが足を止める。

「どうし──」

 尋ねようとして、返答を得る前にリードも気付く。

 通路の奥から影が三つ。

 銀色の毛並みをなびかせながら、狼がこちらへと走り寄る。以前も第二階層で見かけた魔物。さほど脅威というほどでもないが、群れで動き回る習性が厄介な相手だ。一匹か二匹、こちらで請け負おうと前に出ようとするリードを、カルマが手で制する。

「下がっていて。初対面の美女に好き勝手言われて、あなたも面白くないでしょう? ここは、私が偉そうに話すことが許されるほど──強いということをお見せしよう」

 そう言って、カルマは薄い唇の間から舌を出した。

 先頭を走っていた狼が石畳を蹴って飛びかかる。

 その牙が、その爪が、カルマの眼前に迫った時、

「──凍れ」

 抑揚のない、ひどく冷めた声音でカルマが発声する。

 その瞬間、狼の動きが止まり、大きく口を開けたまま、前足を伸ばしたまま、地面へと落下する。

 仲間への異常に怯むことなく、そのまま後ろを走っていた狼が同じように飛びかかる。

「凍れ」

 もう一度、カルマが呟くと、同じように残りの二匹も動きを止めた。

 微動だにしなくなってしまった狼を見下ろし、その頭部目掛けてカルマはヒールで踏みつける。

 まるでガラス細工のように、狼の頭部は粉々に砕け散る。

「今のは……魔令術、か?」

 粉々になった三匹の狼は、一呼吸を置いて塵へと変わり、やがて消えていった。

「その通り。残念ながら、私の華奢な体は剣を振り回したり鎧を着込んだりすることには不向きでね」

「俺の知っている魔令術とは少し違うようだが……。魔令術って言うのは、お札とか、変な布とか、そういうのを使う技じゃないのか?」

「それも間違いではないが、私に言わせればそんな魔令術師らはまだまだ三流だね。ちょうどいい、私が如何に優れているかを理解してもらうためにも、説明をしてあげようじゃあないか」

 コツ、コツ、と石畳を踏み鳴らし、カルマは胸の下で腕を組んだ。

「魔令術とはつまり、『魔素に命令する術』を指す。魔素とは万物の素、火にも、水にも成り得る。術師が燃えろと命令すれば、その通りに燃えてくれる。だが、魔素は至る所に存在している。そのため、考えなしに燃えろと命令すれば、周囲に存在するすべての魔素が燃え、術師自身も被害を免れない」

 腰のポーチから、カルマは紙切れを取り出す。

「だから、こういった札を利用する。……普通の術師はね。我々の業界では、『魔素にマーキングする』と表現するんだが、札などの媒介に魔素と、自分の体液を付着させる。そして、マーキングした魔素にだけ命令が届くようコントロールする。するとあら不思議、燃えろと命令しても、燃えるのは札に付着した魔素だけになるというわけさ」

 得意満面な表情を見せるカルマだったが、リードはまだ納得していなかった。カルマの説明で、魔令術とはどういうものかは理解した。だが、先ほどの戦闘でカルマは媒介となるものを使用していなかった。

 であれば、『凍れ』と命令したときに周囲全てが凍るのではないか。

「ふふ、言いたいことは分かるよ。きみから見えていたかは分からないが、私は命令を下す前に、周囲の魔素に自身の唾液を混ぜていたのさ。そして、唾液によってマーキングした魔素を狼の周囲に向かわせ、凍るよう命令をした。一つ付け加えると、その場でマーキングするのは中々に難しいんだよ」

 説明をし終え、カルマは胸を張って鼻を鳴らす。もちろん、魔令術など扱ったことのないリードには、その難易度など理解できない。

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