第13話 探究者①
コツ、コツ、と、固いヒールが荒れた階段を叩く音が迷宮に響く。
地下街から迷宮へと続く長い階段。迷宮へと下っていくリードの目の前で、腰まで伸びた銀髪が揺れる。
今回の迷宮探索同行の依頼者、カルマと名乗った女性は、およそ迷宮探索に出向くような恰好をしていなかった。
肩と胸元が大きく開いた薄手のドレス。足元は高いヒール。申し訳程度に、腰には小さなポーチを巻き付けている。防御力も、機動性も、何も持ち合わせていない。そう、リードは感じていた。
第一印象は、貴族の社交場などで見かける妖艶な美女、だった。リードの目算で、歳は自分よりも少し上くらい。
迷宮には一獲千金を夢見た商人たちも訪れる。そういった者たちは装備も貧弱で迷宮というものを甘く考えている。だが、カルマはそんな人間たちとは違う。
彼女は、迷宮調査機関に所属している人間なのだ。
迷宮というものの恐ろしさを、嫌というほど理解しているはずだ。
「歩きながら、もう一度今回の依頼内容を確認させてほしい。俺は酒場のマスターからざっくりとした内容しか聞いていないからな」
「そうだね。命を懸けて私を護衛してくれているんだ。しっかりと説明させてもらおう」
振り返りもせず、カルマは前を向いて歩いたまま答える。
「迷宮に、地上では存在し得ない能力を持った不思議な物質があることは知っているね? 私はそれに用事がある。ああ、心配しなくていい。何もゼロから探し当てようってわけじゃあない。それが保管されている場所には、ある程度の目星がついている」
「どこにあるかも分かっているんなら、俺は必要ないんじゃないか?」
第一印象では、迷宮探索に不向きなご令嬢という印象を抱いていたリードだったが、そんな考えは撤回することにしていた。
迷宮調査機関に所属しながら、迷宮探索に不向きな恰好。これは、舐めているのではなく、自信の表れだと、そう考えを改めた。剣を持たずとも、鎧など着込まずとも、自分は迷宮に潜り、帰って来られるのだと。
「……ふむ」
カルマは言葉を詰まらせる。何と答えるべきか思案している、そんな雰囲気を、リードは背中から感じ取った。
「きみの言うことはもっともだ。だが……きみを雇わせてもらった理由は二つ。一つは、迷宮に『絶対』は無い。きみ自身よく分かっているだろうが、私とて、突然大量の魔物に囲まれれば為す術もなく殺されるだろう。もちろん、周囲への警戒を怠りはしないが、少しでもリスクを減らせるのなら、一人より二人で迷宮に潜ったほうが良い。もう一つは……リードくん、きみ自身に興味があったからだよ」
「こんな美人に興味があると言われて悪い気はしないが、正直納得はできないな。何故俺を? というのが率直な感想だ」
「この迷宮に居続けているからあまり知らないだろうが、迷宮調査機関の中では、きみはなかなかに有名人なのだよ。迷宮に潜る冒険者たちはせいぜい半年もすれば迷宮を離れていく。目的の物を見つけて満足する者、見つけられずに断念する者、小銭稼ぎに命を懸けるのは割に合わないと気付く者、そして命を落とす者……」
振り返り、カルマはリードの目をまっすぐに捉える。
「だが、リードくん。きみは一年以上もこの迷宮に挑み続けている。この迷宮は前例がないほど巨大だ。そして、そんな迷宮に挑み続けて未だ五体満足で居るきみの優秀さは異常だ。我々に興味を持つなという方が無理な話だよ」
そう言われながらも、リード自身にそんな実感は無かった。迷宮が如何に危険な場所かは理解している。命を落とす者を何人も見てきた。それでも、自分が優れた人間であると考えたことはない。
少しばかり、運が良かっただけだ。
「もしかして、自分が生き残っているのはたまたまだ、とでも?」
見透かしたように、カルマは薄い笑みを浮かべる。
「迷宮は、たまたまとか運が良かったとかで生き残れるほど軟弱な場所じゃあない。きみが生き残っているのは、きみが優秀だからに他ならない。私は、きみと冒険を共にすることで、きみがどんな形で優秀なのかを知りたいのだよ」
まだ納得のできないリードだったが、これ以上反論しても水掛け論にしかならないことだけは理解できた。
苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべつつ、リードは先へ進むようカルマを促す。
リードの表情で内心を察したのだろう。それ以上は何も言わず、促されるまま再び歩を進めた。
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