第12話 幕間①
来た道を通って迷宮を抜け、リードはメイズ島の地下街へと独り戻ってきた。重い足取りのまま、慣れ親しんだ酒場へと入る。
生きて戻ったリードの姿を見てマスターは一瞬だけ安堵の表情を見せ、その後、一人であることに気付いて目を伏せた。
「……おかえり」
「ああ」
深くは聞こうとしないマスターの優しさに甘え、リードはカウンター席へ腰を下ろす。何も言わず出してくれた水を流し込み、ベルトに差していた純白の剣をカウンターの上へ置く。
「この剣を、ノルライナへと送り返したい」
「そりゃあ……無理だろうな。お前さんも承知の上だろうが、一度迷宮に入った物を外に持ち出そうとすれば、迷宮調査機関の検閲がかかる。ノルライナに着くのが何年後になるかも分からんぞ」
「……そうだな」
迷宮から見つけ出されたものは、各国の学者やらで構成された迷宮調査機関と言われる組織に隅々まで調査され、迷宮外に持ち出しても問題がないと判断されたものだけが外の世界へと届けられる。
魔素は物質にも滞留し得る。一度迷宮に潜り込んだこの剣も、魔素を纏っている可能性は高い。そして、多量の魔素は人体に害を及ぼすため、魔素による被害を外の世界に持ち込まないためにも調査機関は必要である。
そんな検閲の他、調査機関は魔石の買い取りを行っている。冒険者の生活が成り立つのは、そこで魔石を換金してくれるからに他ならない。
必要な組織であることは理解しつつも、今だけは調査機関の存在に歯噛みする。
カウンターの剣を腰に戻し、その代わりにリードは外套の下から小ぶりな魔石を幾つか転がした。
「次の交易船で、これらを換金しておいてくれ。いつも通り、手数料を差っ引いておいてくれ」
「分かった」
「それと、古くなった樽の端材と、蝋燭を三本くれないか」
「そんなもの、何に使うんだ?」
そう口にしながらも、マスターは店の奥から望みの品を持ってきてくれた。
リードは木片を適当な大きさに割り、火をつけた蝋燭から蝋を垂らして、木片の上に蝋燭を乗せる。
それを三組持って、リードは酒場を出る。ほかに客もいなかったため、マスターも静かに後を追った。
交易船が訪れる入江まで歩くと、リードはそれらを水に浮かべ、波に揺られながら海へと向かうその姿を何も言わず眺めていた。
「で、これは何の儀式だ?」
「俺が住んでいた町の風習なんだ。年に一度、亡くなった人の魂が海へ返ることができるよう祈りを込めて、川に灯りを流す」
「……そうか」
入江からわずかに見える空には、暗い曇天が広がっていた。少し荒れ気味の海へと、小さな灯りが三つ、流れていく。
きっと、すぐに波に打たれて灯りは消えてしまうだろう。
それでも構わない。
蠟燭の火を見送りながら、リードは腰の剣を強く握りしめた。
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