第9話 追跡者⑨

「さすがに、手慣れたものだな。さすがは迷宮に足を踏み入れて生還しているだけのことはある。一人の剣士として、尊敬する」

「そう畏まらないでくれ。迷宮に潜っておいて手ぶらで帰ってきただけなんて、自慢にもならない」

 魔物の襲撃を退け、一行は再び迷宮を歩いていた。

「そういえば先ほどの狼の魔物、塵となって消えていたが……迷宮とはこのようなものなのか?」

「俺も聞いただけの話だが、迷宮に潜む魔物は魔石を核にして魔素で形作られたものらしい。その核が傷つけば、元の魔素になって霧散するらしい」

「なるほど……狼など、我が国では爪も牙も装飾品として重宝されるものだが、迷宮ではそうもいかぬのだな」

「もうちょっと手ごわい相手なら核となった魔石が残るんだが。そういう意味では、迷宮に潜って得られるものは、宝物以外では魔石くらいのものだ」

 話の最中、一歩後ろを歩いていたキリがアルヴィスを抜いてリードの隣に出る。

「リード様は、この迷宮で何をお求めに? まさか、魔石を集めて小銭稼ぎをするためというわけではないのでしょう」

 キリの質問に、リードは視線を彷徨わせた。答えるべきか悩んでいる、という少し困った表情を見せる。

「……白金の星、と言われる花を探している」

「花、ですか?」

「その花から作られる薬には、どんな病も治せるらしい」

「救いたい人がおられるのですね。……いえ、事情まで詮索するつもりはありません。お返事は結構です」

 得心の言った、という顔でキリは再びアルヴィスの後ろに戻る。一方的に話を切り上げられ、リードは少し複雑な心中だったが、そもそも事細かに事情を話すつもりもない。

「すまない、好奇心旺盛な娘でな」

 すぐ後ろのキリには届かぬよう小さな声で、アルヴィスが謝罪を口にする。

 それに対し、リードは返答替わりに愛想笑いを浮かべる。

「あれは……」

 何度目かの曲がり角を折れると、少し大きな広間に出た。相も変わらず石に囲まれた殺風景な景色だが、魔物が隠れていられるような死角が存在せず、リードは警戒を解いて短く息を吐く。

 そんな広間の奥、先に続く通路の傍らに、壁を背にして座る男の姿を見つけた。

 肩まで伸びた赤黒い髪は、迷宮内で汚れてしまったものだろう。俯いているため表情は読めないが、ずいぶんとくたびれているように見える。

 ぼろぼろになった該当は既に首元を隠す程度の役割しか担っておらず、その下に見える金属製の鎧は、アルヴィスのものと意匠がよく似ている。

「うむ、間違いない」

 視線を送ると、アルヴィスは頷きを返した。

「アロー、起きろ! ノルライナ騎士団、アルヴィス・ノーランドだ。逃げ場はない、ゆっくりと話を聞かせてもらおう」

 座り込むアローに声を掛けるアルヴィスを尻目に、リードは奥に続いている通路をのぞき込む。先ほどのように、狼が駆け寄ってくる可能性は捨てきれない。

 迷宮において、奇襲を受けることは死に直結する。

「おいアロー、聞いているのか!」

 再三の呼びかけに対し、返事は一向になかった。痺れを切らしたアルヴィスの語気がだんだんと強くなる。

 その言葉にリードは振り返り、そして違和感に気付く。

「アルヴィス、下がれ!」

 叫び、リードはアルヴィスとの間に割って入る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る