第7話 追跡者⑦

 第一階層と第二階層の間、入り口と同じように石階段が長く続くその中腹で、一行は腰を下ろしていた。

 平気そうな顔を浮かべてはいるが、アルヴィスとキリは想像以上に疲弊しているよう、リードには見えた。

 それも当然だろう。慣れぬ環境で慣れぬ行軍、疲労を感じるなと言う方が無理だという話だ。そもそも、迷宮は地上とは異なり大量の魔素で溢れている。そして、多すぎる魔素は人体を蝕む。

 革袋を傾けて水分を補給するアルヴィスの様子を伺いながら、リードは話を切り出すタイミングを探っていた。

「……何か?」

 その視線に気付いて、アルヴィスはリードへ向き直る。

「まだしばらく歩くことになるが、大丈夫そうか?」

「……ああ、問題ない。キリも、大丈夫だな?」

 同じように水分補給をしていたキリは、小さく頷く。

「休憩がてら、依頼についてもう少し話を伺おう。お前たちが探している人間について、詳細を聞かせてくれ」

 多過ぎる魔素に阻害され、《ハーフタグ》はもうまともに機能しなくなっていた。そのため、迷宮内に潜む探し人は、足で地道に探すしかなくなっていた。

「そうだな。第一階層を歩き、迷宮というものが危険だということは理解できた。君という案内人がいなくては、我々は第一階層で命を落としていたかもしれない。君の協力を得るためにも、我々の任務を包み隠さず話そう」

 革袋に栓をして、アルヴィスはそれを傍らに置いた。

「私は、北の大陸にあるノルライナ国の騎士団の一人、アルヴィス・ノーランド。追っているのは、先月末まで騎士団に所属していた、アロー・ジーンという男だ。歳は二十六、中肉中背で、赤みのかかった短髪。左頬に、古い切り傷がある」

「そのアローという男が、ノルライナ国の情報を持って脱走した、と?」

「その疑いがある。……全ては、本人に聞かなければ分からないことだろう」

「それが、事実だった場合は?」

 聞かずとも、アルヴィスの目を見れば返答は容易に想像がついた。だが、しっかりと確認をしておかなければならない。あらゆる事態を想定し、その対処法を頭に入れている場合とそうでない場合とでは、この迷宮内での生存の可否を分ける。

 対象を追って生け捕るとなると、この迷宮内では難しい。対象の動きに注意し、さらには周囲の状況にも気を配らなければならないのだ。

「もちろん、我が国に不利益になると判断した場合には──奴を……アローを斬る」

「承知した。……だがそれは、騎士団の総意か?」

「何?」

「キリ、と言ったか。そっちの魔令術師は納得のいっていなさそうな顔をしているぞ?」

 二つの視線が注がれ、キリはばつの悪そうな表情を浮かべ、咄嗟に目を逸らした。

「ああ……彼女は、実を言うと騎士団の人間ではないんだ。ノルライナにある、魔令術を研究する組織から派遣されてきている。この一件には、《ハーフタグ》を扱える協力者として同行してもらっている。国のためとはいえ、血生臭いことに不慣れなのは仕方がない」

 腰に下げた剣に触れ、アルヴィスは静かに目を閉じた。

「アローは、剣術も体術も、そう褒められたものではない。仮に抵抗されたとしても、制圧するのは難しくない。私としても、一時は同じ釜の飯を食った仲だ。穏便に済むならそれに越したことはない」

「……分かった。ここから先の第二階層、そして第三階層に居る可能性は高いだろう。ひと先ずは、そのアローとやらの言い分を聞こう」

 静かに息を吐いて、アルヴィスは首を縦に振った。

 その様子を見ながら、リードは背負っている得物の重みを確認する。第二階層からは、積極的に人を襲う魔物も出没する。手荒な対応をする準備はしておかなければならない。

「ところで、話は変わるが、こちらから一つ尋ねても?」

「なんだ?」

「上の酒場で、《森色》と呼ばれていたが、あれはどういう?」

「言ったろう? 迷宮には、脛に傷のあるやつが集まってくる。そういう輩はまず本名を名乗ったりはしない。親しくもないのに、相手の本名を尋ねるのもご法度だ。そういった暗黙のルールから、自然とあだ名をつけて、それで呼ぶようになってるんだよ」

 髪色から取っただけの安直な名前なんて、恥ずかしいだけだがな。そう付け足して、リードは頭をかいた。

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