第6話 追跡者⑥
重く分厚い鉄製の門を開け、リード、アルヴィス、キリの一行は迷宮へと下る。先人の冒険者たちが整備した不格好な石の階段と、岩肌に一定間隔で取り付けられた松明。
既に何度も足を運んでいるリードとは異なり、アルヴィスとキリは頼りない明りのなか足元の石を踏み外さないよう必死になっている。
ふと、リードが足を止めると、すぐ後ろにいたはずのアルヴィスたちと大きく離れていることに気づいた。
「すまない。こういった道は……不慣れでな」
「いや、問題ない。まだ迷宮の入り口も入り口なのに、転んで怪我でもしたら大変だからな」
十数分、階段を降り続け、階段の前にあった門と似た意匠の門が三人を迎える。
「この先が迷宮だ。と言っても、第一階層には向こうから襲い掛かってくるような魔物はいない。静かに、後ろをついてきてくれ」
身体全体で門を押しながら、リードは後ろの二人に声を掛けた。
「おぉ……」
門の先、迷宮内の光景を見て、アルヴィスが感動の声を漏らす。
一言で言えば、門の先は森だった。島の地下何メートルにも降ってきた先で、人よりも遥かに背の高い木々、腕よりも太い蔓、手よりも大きな花弁を持つ花。足元は膝下まで草が生い茂り、虫の声らしき音があちこちから聞こえてくる。
「まさか、地下に巨大な森があるとは……」
「あちこち見るのはいいが、不用意に手を伸ばさないでくれよ。そこら中に、人を丸呑みするような植物があるんだ。下手に触れると食われるぞ」
「分かった、気を付けるよ」
以前に訪れた時と景色が変化していることにリードは気付く。迷宮中に漂う魔素を吸って、植物たちが異常な速度で成長しているのだ。
辺りを見回して、リードは第二階層へと続く道を思い出す。
「こっちだ」
手招きして、リードは雨よけにも使えそうなほど大きな葉の下をくぐる。垂れ下がった蔓を避け、草で見えない足元に注意しながら、しばらく進む。
「リード、少し待ってくれ」
「……どうした」
アルヴィスの声に、リードは足を止める。
「あの水は飲めるのか? もちろん、携帯食料と水はある程度準備してきたが、使わずに済むのならそうしたい」
指差す方向に、湧き水のようなものが見える。だが、リードは首を横に振る。
「飲めないさ。……見てろ」
落ちていた枯れ枝を拾って、リードはそれを湧き水へと放り投げた。
枝が水に触れた瞬間、草に隠れていた花弁が勢いよく閉じ、蕾のような形となって湧き水を覆い隠す。
「な? あれは、あの植物の無色透明な消化液なのさ。消化液に触れた瞬間、花弁を使って獲物を閉じ込めて、ゆっくりと消化する。飲もうものなら、あっという間に養分にされるぞ」
「なるほどな……私の認識が甘かったようだ。申し訳ない」
第一階層は他の階層と比べて広いが、第二階層に続く階段へはほとんどまっすぐ進むだけで済む。迷宮で成長する植物の研究がしたいわけでもなければ、長く滞在する必要はない。
そう説明して、一行は再び歩を進める。しばらくして、草の生えていない石畳が視界に入ってきた。第二階層に続く道はそこにあるはずだ。
植物に囲まれた石の壁。城塞の一部だと言われても信じてしまいそうな巨大な壁の一部に、暗い穴がぽっかりと開いている。
「これは──」
「──蜘蛛の巣、ですね」
穴の先で眼下に見える階段。その手前に、白い糸が幾重にも張り巡らされている。
「どうするんだ? 切り払ってしまっていいのか?」
「いや、この糸はひどく粘つくし、この巣の持ち主は人ほどの大きさがある。燃やすことができれば、蜘蛛も怯えて近づいてこないが……しまったな、第一階層に降りる前に、松明を一つ拝借しておくべきだった」
どう対処すべきか思案しているリードの横に、キリが立つ。
「燃やしてしまえばいいんですね?」
キリは腰に下げた瓶の中から、液体に濡れた布を取り出す。それを蜘蛛の巣めがけて放り投げると同時に「燃えろ!」と声を上げる。
その瞬間、布は火を纏い、火球となって蜘蛛の巣を撃ち抜く。
燃え上がる蜘蛛の巣が周りの植物に飛び火しないことを確認してから、リードはキリに視線を向けた。
「──アンタ、魔令術師(まれいじゅつし)か」
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