第5話 追跡者⑤

 メイズ島(とう)。東西南北に四つの大陸を臨み、その内海ほぼ中央に位置するこの島は、海路での交易の際必ずといっていいほど、物資補給用の中継地点とされた。

 西側が欠けた三日月型のこの島には、約二千人の島民が住んでいた。整地された石畳が港から領主の屋敷まで伸び、その道に面して酒場や宿屋、雑貨屋などが多く立ち並んでいた。漁による魚類や、島の東側にある森から取れる様々な果実を、立ち寄った交易船と取引する。

 そのようにして長く続いたこの島の生活は、ある日突然一変した。

 島の地下に、迷宮が誕生したのである。

 領主の屋敷の真下に発生した迷宮は膨大な魔素を噴水のように打ち上げ、屋敷を粉々にし、島の中央に大きな穴を開けた。

 噴き出した過剰な魔素により島の地上は人の暮らせる環境ではなくなり、島民の数多くは伝手をたどってそれぞれの大陸へ逃げ出した。

 だが、この島の中継地点としての役割は、まだ潰えてはいなかった。

 元々、島の地下には広大な洞窟が広がり、大陸の罪人が交易船に潜り込むなどして、この島の地下に隠れ住んでいたのである。

 隠れながらにも、衣食住は必要である。罪人のうち、ある者は宿を始め、ある者は密漁を始め、またある者は酒場を営み始めた。

 島に大きな穴を開けた迷宮の発生源こそ地下であるが、迷宮から溢れ出る膨大な魔素のほとんどは地上へ噴出し、地下に隠れ住む者たちにほとんど影響は出なかった。それどころか、迷宮の魔素によって精製される魔石を求めて、多くの冒険者がメイズ島の地下を訪れるようになり、隠れ住む人々の生活に潤いを与えた。

 当初は魔素によって生み出された魔物の被害を受けていたが、一部の者が迷宮へと繋がる道の数多くを岩で塞ぎ、残った一つの道に頑丈な扉を設けた。これにより、迷宮の影響を地上にだけ押し付け、地下の住人たちは冒険者相手に商いを始めた。

 魔素による迷宮の発生は、世界各地で見られている。だが、メイズ島に発生した迷宮は他に類を見ない程広大で、危険で、そして甘美な報酬をもたらす。

 魔素は万物の素。迷宮の中では、地上では決して見ることのできない神秘を目の当たりにすることができ得る。

 どんな病も治す霊薬。

 若返りの秘法。

 全てを断ち切る魔剣。

 世界各地で見つかった迷宮ですら、そのような神秘を発見した。では、それら迷宮よりも遥かに濃い魔素の漂うメイズ島の迷宮では、一体何が見つかるのか。そう思った冒険者が何百人と訪れたのである。

 だが、神秘を得る前に数多くが敗れ去って行った。当然ながら、広大な迷宮であればあるほど迷い、魔素が濃ければ濃いほど人体に害を成し、魔物の類が生まれる。

 こうして、メイズ島は誰も踏破できない迷宮を抱えた島として──今に至る。

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