第2話 追跡者②

 しばらくしてから、マスターは鼻歌交じりに店へと帰ってきた。いかにも重そうな革袋を肩に担ぎ、樽を転がしながら。

「これは……ずいぶんと多く仕入れたんだな。ついさっき、客が少ないって話をしたばかりなのに」

「それとこれとは別だ。そもそも、おれは自分の飯が作りたくて店やってんだよ、客が少ねぇからって飯作らなくなったら、何のために店構えたのか分かんなくなる」

「そういうもんかね」

「そういうもんだよ」

 樽と革袋をカウンターの脇に置いて、マスターは中身の確認を始める。穀物や豆類、果実など、様々な食材が次々に姿を現す。

「ああ、そうだ」

 思い出したように呟いて、マスターは《森色》へ視線を送る。

「?」

 その意図が分からず、《森色》はその視線に困惑する。

「お前さんに客だ。待たせて悪いな、入ってくれ!」

 店先へ声を掛けると、一人の男が遠慮がちな足取りで店内へと入ってきた。

 短く丁寧に切り揃えられた髪に、純白の重鎧。左半身を隠すようにして、きらびやかな刺繍の施されたぺリースが目を惹く。

 見るからに、家柄の良い軍属だと《森色》は判断した。腰から下げた長剣の柄にも、凝った意匠が施されている。

「……誰だ?」

「さっきの船で島を訪れた御仁だ」

 マスターがそう促すと、鎧の男は《森色》に向けて丁寧に頭を下げた。

「アルヴィスと申します。任務の最中であるため、家名と所属を名乗ることは控えております。どうか、ご容赦ください」

 低く、よく通る声だった。

 顔立ちと佇まいから歳は三十前後と予想していた《森色》だったが、実のところはもう少し上かも知れない、と自身の予想を修正する。

「訳あって、この島にある迷宮に用があります。そこで、出来ることなら迷宮に詳しい者に道案内をお願いしたいのです」

 もう一度、アルヴィスは深々と頭を下げた。

 その様子を、《森色》は指一本動かさずに眺めていた。

「……というわけだ」

 沈黙に耐え切れず、マスターが《森色》へ返答を促す。

「断る」

 にべもなく、《森色》はあっさりと言い放った。

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