第3話 追跡者③
マスターの口から、静かにため息が漏れる。
店内には沈黙が流れ、《森色》も、アルヴィスも、視線を交わしたまま固く口を結んでいる。
「……そうですか、では他をあたります」
先に口を開いたのは、アルヴィスだった。少しだけ頭を下げ、踵を返す。
「ちょ、ちょっと待て。おい《森色》、お前しばらくは深層を目指すことをしないって言ってたよな。時間はあるんだろ、手伝ってやれよ」
マスターの言葉を聞いて尚、《森色》は沈黙を保つ。
「……お前、ここの奥の部屋を寝床に使ってるよな? 使っていいと言ったのはおれなんだが……家主は俺だ。今までの分も含めて、家賃を取るっつってもおかしくないよな?」
「マスター……」
《森色》は口を開いては閉じ、紡ぐべき言葉を探している。
「分かった」
根負けし、《森色》は小さく呟いた。
「ただし、二つ条件がある」
そう言って、人差し指と中指を立てて見せる。《森色》の返事を聞いて振り返ったアルヴィスはそれを注視する。
「ここには、迷宮へ潜る準備をするための施設が揃ってる。ここよりはマシな宿も、携帯食料を扱う雑貨屋も、鍛冶屋もある。それらを回って、同じように頼んで来い。それで、誰からも色好い返事を貰えなかったときだけ、話を聞こう」
「もう一つの条件は?」
尋ねるアルヴィスへ、《森色》は足先から顔まで値踏みするような視線を送る。
「訳あってだとか、任務の最中だからとか、そんな理由で伏せていることを全て話してもらう。仮に、共に迷宮へ潜ることになるなら背を預ける場面もあるだろう。隠し事をしているような人間には、命は預けられない」
やれやれ、と言わんばかりの表情を見せて、マスターは肩をすくめる。
「承知した。では、彼の言う通り、この辺りを回って来るとしましょう」
背を向け、アルヴィスは今度こそ店を後にした。純白のソルレットが木目の床を叩く足音を聞きながら、《森色》はマスターにジョッキを向けた。
「あん?」
「水、お代わりをくれ」
ジョッキを受け取って、マスターはカウンターの内側、定位置へと戻った。
《森色》からは見えない位置にある樽から水を汲み、注文通りお代わりをカウンターの上に置く。
「他の店を回って、依頼を受けるような奴がいると思ってんのか? おれの知る限り、ここに他人を助けてやろうなんてお人好しはお前さんを含めて三人ってとこだろう。その内に一人は行方不明だしな」
ジョッキを受け取り、《森色》はちびちびと口を付ける。
「じゃあ、俺以外にもう一人は居るってことだろう。《闇の目》の方がよっぽど適役だ、今日は見てないが、そこらに居るだろ」
「《闇の目》は昨日から迷宮に潜ってるぞ」
「……本当か?」
「本当だ。昨日の朝、潜っていくのを見た」
純白の鎧が酒場に戻って来る姿を想像して、《森色》は大袈裟にため息をこぼした。
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