第2話

「二人とも、進学先が一緒なんだよね」

 池内さんが言った。今日も絵を描いていた私と西川の手が止まる。そして一瞬、顔を見合わせてしまった。そうして、また以前のように言い合いが始まる。

「君も一緒なんだ、奇遇だね」

「なんで常桜とこおう高校を選んだの」

 常桜高校は、部活動で優秀な成績を残すことで有名だ。それも、文化系のレベルは高くて、だから私はそんな高校での美術部でならもっと認めてもらえるかもしれないと思い進学を決意した。だから、きっと西川も美術部に入部するためにそこを選んだんだと思った。

「将来のことを考えたら、そこが無難ぶなんだっただけだよ」

 将来。西川からそんな言葉を聞いたのは初めてだ。西川にも西川の思い描く将来があって、その為に選んだというのならば、下手に突っかかっていくのもなんだか茶化すようで嫌だ。私はそんな下卑げびた真似はしたくない。

「君は将来、どうなりたいの?」

 唐突にそんなことを聞いてくる西川は、私にどんな答えを求めているんだろう。私の将来はとっくに決めている。私は再びキャンバスに向かい合って、筆を進めながら私の思い描く未来を言った。

「私は絵の道に進んで、この世界を認めてもらうんだから」

 そういうと西川は驚いた顔をして、それから小さく笑っていった。その笑みは馬鹿にしたようなものではなかったのだけれど、私にとってはなんだか無性に腹の立つ笑みだった。

「僕は……絵が描ければ、それでいい」

 自分の世界を認めてほしい、そんな私と、ただただ描き続ける西川は、次第にお互いの相性が合わないと理解してあまり口も聞かなくなった。


 私は、腰まであった長い髪をポニーテールにした時に肩につくくらいまでに切って、真新しい紺色の制服で高校に通っていた。部活動は、絶対に美術部と決めていて、その選択は間違っていなかったと確信している。毎日が充実していた。毎日絵を描いて、私は自分の幻想画にこだわりを持つようになっていた。

 葉桜の木の下を通り抜けて、緩く坂になっている道を上っていけば、私は私の世界を認めてもらえる場所に辿り着く。朝一から美術室へと入っていけば、絵の具の匂いがする室内で一人また絵を描いている。

 今日も広いキャンバスに描くのは、私の世界。ありえない世界だ。全部全部ありえない。だけど、想像は自由だ。それをつくるのだって。

「遥ちゃんの絵は、独特だよね」

「よく思いつくね。凄いなぁ」

 部活動で一緒になる同級生や先輩も、私の世界を見て評価してくれる。そんな周囲に、満足もしていた。

 一つだけ、気になることがあるとすれば。西川は、美術部には入らなかった。それどころか、絵画教室も休むようになっていた。

 別のクラスだから、様子は知らない。でも、移動教室では見かけるし、友達とも一緒にいる。

 絵を描くことを辞めたのかもしれない。

 そう思うと、もやもやして。でも、西川のことを考えているだなんて何だか認めたくなくって、私は素知らぬふりをしていた。

 夏休み前には、春の絵画コンクールの結果が出る。自信作を出したからそれを楽しみに待っていた。そして、ついにその日はやってきて。

「結果出たよ! 見た!?」

 部長が美術室に駆け込んできて、大きな声で言う。その瞬間に皆が一斉にスマホを取り出して、検索をかけた。まず、出てきたのは、大賞を取った作品。

 その絵の緻密さには、見覚えがあった。

 緊張する指先でスクロールして、出てきた名前は「西川冴」。その瞬間に、私は手を止める。

「うちの生徒だって!」

「あっ、遥ちゃんの絵も入賞してるよ、凄い!」

「え、待って。この大賞の絵凄くない? 細かすぎ……」

「立体的っていうか、リアル?」

 ざわめく部室内で、私の入賞なんて些細な事だった。呆気に取られたのは、私だけじゃない。美術部のメンバーがこぞって西川について知ろうとする。そして、案の定その放課後から部長たちが西川を勧誘し始めた。

「やっぱり、あんなにリアルな絵が描けるなんて凄いよねー」

 同級生のそんな一言に、少しでも傷ついてしまった私は本当に甘かったのだと思った。私の世界は、リアルに勝てない。それを、突きつけられたような気がして。私は、今日はもう帰るねと言って、部室を後にした。

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