第3話

「私、背が低いから高いところに届かなくて、いつも困るんですよ」

「そうですか」

 咲弥はそう答えた。なんども言われてうんざりして、まともにフォローするのはやめていた。


「潤香ちゃん、今日もかわいいねえ!」

「やだ、課長!」

 潤香はにっこり笑って返す。


 課長の蛭間久之ひるまひさゆきはそれだけで鼻の下を伸ばした。神経質そうな目もいまやだらしなく垂れ下がり、口元にも締まりがない。白髪交じりの頭はきっちりと整髪料で固められている。スーツは安物だが、ちゃんとパリッとしていた。


「雛川、彼女を見習えよ。ただデカいだけでかわいげなんぞちっともない。女のくせに刑事とか、なんの役に立つんだ」


 久之はいつものように咲弥をこきおろした。この署に来たときから久之は咲弥を敵視している。小柄な彼は咲弥と並ぶと身長差があまりなく、それが彼のプライドを刺激したようだった。


「さっさと結婚して退職すればいいのに。って、相手にしてくれる男がいるわけないか!」

 げらげらと久之は笑う。

 咲弥が言い返そうとしたとき、にっこり笑った潤香が口を出した。


「そういうのはセクハラですよ」

「手厳しいなあ」

 久之はにこにこしながら言った。

 咲弥は苦い思いを胸に抱えた。


 咲弥が言い返していたら絶対にこうはならない。険悪になる一方だ。

 かわいくて男性にすぐに気に入られて、言いたいことをにこやかに言って嫌悪を持たせない。すべてが咲弥にはできないことだ。


「この書類、頼まれたので持ってきました」

 彼女は咲弥に書類を渡すと、にこっと笑ってフロアを出て行った。

 苦い思いをふりきるように、咲弥は軽く首を振った。




 取り調べの内容を書類に起こしているときだった。

「おい、雛川」

 電話を切った久之に呼ばれ、咲弥は彼のデスクの前に立った。


「お前に特別任務だ」

 きっとろくでもないことだ、と咲弥は警戒した。


「獅子堂悠雅、獅子堂グループの御曹司の護衛だ。管理売春の捜査からは、はずれてもらう」

「そんな!」


 咲弥は思わず声を上げた。何日もかけて一斉摘発の準備をして、ようやく女の子たちを保護したところだった。管理売春に関わる半グレを追い詰めるために、彼女たちの証言をもとに捜索にかかりたかったのに。

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